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愛される女になる方法。彼にとって手放したくない存在に!

Date:2016.04.15

shutterstock_294243506たくさんの男性にモテなくてもいい!たったひとりの男性に心から愛されたい!それは大きなワガママではないはず。

けれど現実的には、なかなか愛してくれる男性は見つからず、そもそも心から愛してくれる男性なんか存在しないのか、はたまた自分に何か原因があるのか。

愛されようと努力しても空回り、じゃあ別に愛されなくてもいいや、と諦めてしまえば孤独になる、という矛盾だらけの現代女性。どうすれば愛されるの?

ただひとりの男性に「君しかいない!君は唯一無二の存在だ!」と言わしめるには、何をして、何をやめればいいの?

これは夢物語ではなく、現実に実行できる話です。今回は、たったひとりの男性に心から愛される方法をご紹介します。

1、愛してもらうには愛されることをやめる!?期待を捨てよう

愛されたい!と思うことは、けして悪いことではありません。

誰もが思うことですし、衣食住は満たされていても愛が欠乏していれば、生活していてもどこか虚しい気持ちになるでしょう。

愛は必要です。しかし、例えばお腹のすいた人が、泣きながら「お腹がすきました…誰か…誰か!」と言って、路上をさまよっている様子を見ても、人はそれを遠巻きに見るでしょう。

中には親切な人が声をかけて、ごはんをご馳走してくれるかもしれませんが、それは一時的に空腹が満たされるだけです。

食べることと同じように、愛されることも継続的に必要なのです。

仕事をして、お金を稼いでいれば

  • 住む場所
  • 着る服
  • 食べるもの

には、とりあえず困りません。

でも、残念ながら愛はお金では買えません。

いくら愛に飢えてさまよっても、世の中にたくさんあるように思えて、なかなか愛は手に入りません。では、愛はどのようにすれば手に入るのでしょうか。

愛の乞食にならないで!自分で自分を愛さないと死んじゃう?

愛されるとか愛されない、ということの前に、よく見かけるのが愛の乞食です。まるで、砂漠で水を求める旅人のごとく、その目は愛に飢えています。

心のメーターというのは他人からも見えませんし、自分でもよくわかりませんが、お腹がすくのと同様に、愛が不足すると心は枯れます。

ところが、この心が枯れた状態の人は、今まさに枯れそうで、一番愛を欲している状態なのに全く愛が手に入りません。

それは、生活する上で、まるで無職になったような状態です。愛を供給するシステム、もしくは愛を貯蓄しておくシステムそのものがなくなる、または壊れることによって、慢性的に枯渇した状態に陥るのです。

「そんな、たかだか愛ごときで…心なんて気持ちの問題でしょ?」と思われるかもしれませんが、ところがどっこい、愛がなければ人は生きていけません。

かと言って、愛の乞食になってしまうと、人は寄り付きません。人が寄り付かなければ、誰からも愛してはもらえません。では、まず誰に愛してもらうか、と言えば…自分自身です。

子供の頃は、親や養育者から愛を受けて育ちますが、大人になることで自立します。

自立するということは、他人から愛されることをやめるわけではなく、自分ひとりで愛を供給できるようになることです。

つまり、今まで子供時代は愛を受ける側でしたが、大人になることで愛を与える側になる、ということです。愛を受けることだけを期待していては、当然枯渇します。

愛がなくなったら自分で作り出す。もちろん人はひとりでは生きてはいけませんから、無人島でたったひとりで生き続ける、ということは難しいことです。愛は自給自足だけでは賄えません。

でも、愛される人間になる、ということは、それ以前に、誰かを愛せる人間でなければなりません。一時的に潤うのではなく、継続的に愛を生産できる人間になることが、愛される人間になる、ということです。

愛されたいから努力するのは間違い!愛は遠回りにやってくる

例えば、くじ引きの景品で、2等の掃除機が欲しいとします。1等でも3等でもなく、2等がほしい、というのもなかなか至難の業です。

商店街で買い物をして、金額に応じて券が一枚もらえます。けれど、こういうくじ引きなんてのは、狙ってもらえるものではありません。

欲しいからと言って、一生懸命に券を集めてくじを引いても、全く当たらない人もいれば、ちょっと立ち寄って一回引いただけで、一発で当てちゃう人もいます。

愛もこれに似ています。愛が欲しいからと言って愛されるために努力しても、空回りしてしまうことは珍しくありません。

彼に愛されるために外見を磨こう!とか、親に愛されるために成績を上げよう!というのは、一見すると、目的に対する努力ということで明確な構図ではあります。

ただ、“愛を受けるための条件”というのは、

  • キレイになること
  • 成績優秀になること

でもなく、まさにくじ引きに当たるような、自分のコントロールから外れた部分にある条件が重なった時に叶うものです。

ほしいものがあるからお金を貯めるとか、資格が欲しいから勉強を頑張る、といったわかりやすい構図ではなく、もっと遠回りにやってくるもの、という解釈が正しいかもしれません。

それは大事に履いていたジーンズが、いい風合いに仕上がった頃、誰かにビンテージ感を褒められるようなことだったり、人知れず積み重ねてきた技術が突然人から求められるようになる、というような感じです。

お腹がすいた!買ってきて食べる!という直線的な解決法は通用しないため、「あの2等の掃除機がほしいのに手に入らない」というもどかしさが生じるのが愛です。

ということは、「2等の掃除機が欲しい」とピンポイントで要求したり、当たるのではないかと期待することによって、実際手に入るものから遠ざかってしまうことになるでしょう。

2、尽くさない女になる!愛し愛されることは当たり前のこと

愛されるためには尽くさなければいけない、と思っている人も多いようです。愛されるためには対価が必要で、愛される女になるにはそれなりの代償が必要だと思っているのです。

もちろん、相手に何かしてあげる、ということは時間や労力、時にはお金や物質といったものを必要とします。

しかし、それらの目的が「愛されたいから」というもので、いいのでしょうか。

  • 道でハンカチを拾ってあげる
  • 電車で席を譲る

上記のことは、愛されたいからすることでしょうか。

では、誰にも愛されない“報酬のない仕事はしない”ということでしょうか。

尽くす女が愛されるのではなく、誰にでも親切で誠意のある女性が自然と愛される、ということに気がつかなければなりません。

愛を物質化してしまうと愛ではなくなる?尽くして捨てられる女

テニスでもバドミントンでもそうですが、この位置からこのくらいの力加減で打てばどこに落ちる、というのは計算できるものです。

うまい人はすぐに計算して、予測して打つことができるのでしょう。愛も愛されるために計算する人は多いです。「ここをこうすれば相手は喜ぶだろう」と計算することは可能です。

けれど、このように相手の喜ぶツボを押すことを考えて、計算的に愛されようとすると、やはり相手も計算としてしか愛してくれません。

例えるなら、売れたいアイドルが、「このようにすればファンが喜ぶだろう」と思って行動します。ファンもそれに応えるように喜んでくれます。

それを繰り返すことによって、ファンはアイドルの次のアクションを期待しますし、アイドルもその期待を裏切るわけにはいきませんから、どんどん行動します。

けれど、それは“売れる”かもしれませんが、“愛される”こととは違います。

ファンは、アイドルのアクションに対して歓喜するかもしれませんが、アイドルがアクションをしなくなったら離れていってしまいます。

「これがほしいんでしょう!じゃあやってあげよう!」という形で、相手の希望に合わせてあげることは、期待に応えることではあるのですが、それをすることで相手は一時的に満腹となります。

一度満腹感を味わうと、次も同じ刺激を求めます。そのうち、さらに刺激を求めるようになり、それは愛し愛される関係ではなく、需要と供給の関係になります。

アイドルに関して言えば、需要と供給の関係で構わないのでしょうが、それが一般の男女となると、“尽くしすぎて男に捨てられるタイプの女性”となります。

愛されるために相手に尽くす、ということは、愛を物体化しようとする行為となり、物体化した愛はもはや愛ではなくなっています。

自然と愛される人は愛を計算しない!愛は効率化できないもの

では、計算せずに自然と愛される人とはどんな人でしょうか。自然と愛される人は、愛されようとしませんし、そもそも愛されたいとは思っていません。

世の中全体を客観的に見ると、愛される人にばかり愛が集中するのはバランスが悪いものです。愛されたい人を愛したい人が愛せたら、きっとまんべんなく行き渡り、バランスもいいでしょう。

しかし、そうも行きません。愛に枯渇した人はずっと枯渇しますし、愛したい人は愛される人に群がります。このように、愛とか心というものは、効率化できないものです。

なぜ愛される人が計算せず、別に愛されなくてもいいと考えているかと言えば、愛は受けるものではなくて与えるものだと思っているからです。

愛された経験がある、愛されて育ってきた人は、愛されることにとても肯定的です。自分は愛されるに値する人間だと思っています。

そのため人を愛することに対しても肯定的な考え方を持っています。愛されているから愛せるのです。

親がそうしてくれたように、みんながそうしてくれたように、自然に人を愛することができます。

愛し愛されることに肯定的な人のまわりには、自然に人が集まります。自然に人に甘えることができて、自然に困った人に手を差し伸べることができるからです。そこには「愛されたい!」という計算はありません。

「愛をあげるから何か返してね」とか「これをあげるから愛してね」という、等価交換ではなく、「愛は与えるもの!」と割り切っているので、与えたまま見返りは求めないのです。

愛される人になるには、頭の中で「どうしたらモテるのか」とか「愛されるためには何をしたらいいか」という考えを一旦すべて捨てる必要があるかもしれません。

3、相手が誰かは大きな問題ではない!誰でも愛せる人になる

恋愛で、相手をコロコロと変えて「あの人は運命の人じゃなかった」という人がいます。人とは相性というのがありますが、一番重要なのはそこではありません。

例えば仕事の関係で、パートナーになった人がいたとします。それは上司が勝手に決めた相手であり、仲が良いとか、仕事の能力だとか、そういう条件は無視されて、単純に「近くにいたから」という理由で任命されました。

もしかしたら話は合わないかもしれませんし、能力にも差があるかもしれません。考え方も全く違います。プライベートでは絶対に仲良くできないタイプです。

それでも仕事はしなければなりません。仕事をする、ということにおいては相性云々が問題なのではなく、成功させる、という目的を一緒にすることの方が重要です。

つまり、相手が誰か、どんな人間か、ということよりも、「この仕事を成功させたいという目的意識があるかどうか」という点に注目すべきです。

考え方が違って方向性について対立しようとも、足並みが揃わなくても、結果的に成功させることができたのならば、良いパートナーだった、と言えるのだと思います。

同じ目的意識を持てるかどうか…パートナーは築き上げるもの

昔は結婚相手を自分で選ぶことができませんでした。親が決めた相手と結婚しなければならないため、どんな酷い相手でも我慢して生活していたのでしょう。

そういう意味では、結婚は地獄でした。今は自分で選んだ相手と結婚できるにも関わらず、気に入らなければ離婚します。なぜでしょうか。

結婚は自分で選んだ相手であろうと、誰かに決められた相手であろうと、好き・嫌いという感情とは別に、やはり仕事と同じく、“同じ目的意識を持てるかどうか”が重要です。

夫婦の仕事と言うと、大きなもので子育てなどがありますが、これらも「愛してくれたら頑張るよ」というスタンスでは、お互いに押し付けあうことになるかもしれません。

目の前に仕事があるのに、二人の相性がいいだとか悪いだとか、方向性がどうとか、そういう話をしていては、仕事において成功は掴めません。

子育ても相性でするものではなく、どんなに摩擦が起きようとも、前進しなければならない仕事です。もし愛が生まれるとするならば、それらが成功したあとで芽生えるものではないでしょうか。

苦楽を共に乗り越えた相手だからこそ、相性云々と言わずに愛し合えるものです。愛してくれないから仕事しない、相性が悪いから仕事ができません、とは甘えた考えです。

相手を尊敬し相手からも尊敬される人になることから愛は生まれる

誰かを嫌いになることは簡単です。同様に、自分も誰かから嫌われることも簡単です。しかし、相手のことを好きになったり、好かれたりすることはとても難しいです。

最初から共通点があって、話があって仲良くできる相手であれば比較的容易かもしれませんが、そういう人ばかりではありません。

問題は、一見すると苦手で好きになれそうもない人を好きになることです。この人のどこを好きになろうか、どんなところに興味が持てるか、尊敬できる部分はあるか。

好きになれそうもない人のことも、興味を持って見てみることで以外な発見がありますし、もしかしたら相乗効果があるかもしれない。

恋愛においては特に、“誰と出会うか”が重要視されていますが、実際はどんな相手と出会って付き合おうとも、お互いが興味を持って近づくことができるかどうか、が一番重要です。

嫌いなところを数えていては、どんどん嫌いになるだけですが、良い部分を見つけて尊敬できれば、その他の欠点など目をつぶれます。

「欠点はあるけど、こういうところが素晴らしい!」と相手に対して思えること、また相手にも「欠点は確かにあるけれど君にはこんな素晴らしいところがある!」と思ってもらうこと。

誰でも愛せる、とは博愛のことを指すのではなく、どんな相手であろうともパートナーとなったからには、好きになる努力をする、ということです。

この前向きな姿勢こそ、パートナーの絆の深さに通じるものでありますし、唯一無二の女だと言わしめるものとなります。

4、男に必要なのは特別感…あなたは特別な人だと演出して

たったひとりの男性に愛されたい。みんなから愛されるのはハードルが高いけれど、ひとりから愛されるのは難しくないのでは…と思われるかもしれません。

しかし、たったひとりに愛されるのも、みんなから愛されるのも、状況としては同じです。ひとりに愛されたければみんなに愛されるようにしなければいけませんし、みんなに愛されたければひとりからも愛されるようにならなければなりません。

それは、いわゆる“モテる”のとは違い、女性として性的魅力がある、ということはまた別の話です。近所のおばさんたちから好かれることに、セクシーは必要ありません。

また、幼稚園の子供たちと遊ぶことにも、胸の大きさやルックスの良さは必要ありません。女性としてよりも、人間として好かれるかどうかを重視しなければ、いくら運命の男性と出会っても愛してはもらえません。

唯一無二の存在になるには相手の男性を唯一無二の存在にすること

女性が唯一無二の女だと言われたい時、男性も唯一無二の男になりたいと思っています。みんなと同じと言われたり、平等と言われては嬉しくないかもしれません。

そこで、特別に扱ってほしい人には「あなたは特別な存在です」と積極的に言葉で表現しなければなりません。

空気を読んでとか、何も言わなくてもわかって、と思っても無理です。男性は、女性に言葉で言ってもらわないとわからないからです。

愛とか、好きかどうかというのは、気持ちの問題ですが、気持ちというのは常に変動していますから、捕まえて形を与えないとぼんやりした存在のまま終わってしまいます。

「愛してるけど、そんなの言わなくてもわかってよね」という状態と、「もう愛してないけど、とりあえず隣にいてあげるわ」という状態は、外から見ていると同じように見えます。

特に異性間は、気持ちや考えていることをお互いに言いあえなければ、その関係もぼんやりしたものになります。

「あなたは特別な存在よ」とか、「私にとって最高のパートナーよ」と、恥ずかしくても言葉にすれば「そう言ってくれるのは君しかいない」と相手も思ってくれます。

彼に対して唯一無二の存在である、という宣言をすることが、それを彼に意識させることになり、彼にとっての唯一無二の人になることができるきっかけとなるでしょう。

5、自分の幸せより相手の幸せを願って…愛は常に与えるもの

もし沈んでいくタイタニックに乗っていて、あとひとりしか助からない!という時に、自分か、恋人かとなれば、当然「自分が助かりたい!」と思うでしょうし、そう思って正解です。

この世で一番愛しているのは自分でなければなりません。しかし、「自分だけよければいい」と思っていれば、それは孤独まっしぐらです。

ほとんどの人は、幸せになりたいと思っています。お金持ちになりたいですし、美味しいごはんを食べたいと思っています。

しかし、自分が幸せになりたい時、相手の幸せを願える人は、愛を与えることができる人です。相手の幸せを自分のことにように喜べる人が、愛される人です。

愛は貯蓄できない!湧き出す愛情をみんなに分け与えるイメージ

自分だけ愛されたいのに、なぜ自分が誰かを愛さなければいけないのか?と考えている人は、将来的には孤独になるでしょう。

例えば今すごくお金を持っていて、そのお金目当てで寄ってくる人がいれば、とりあえずは寂しくない時間を過ごすことができますが、そのお金がなくなれば雲の子を散らすように孤独になります。

若くて可愛い、というのもそうです。今は若くて美人で、男性が群がっていたとしても、いつか老いた時には誰も近寄ってきてはくれません。

このような、お金や外見という変化するものの中に、愛はありません。愛することも、愛されることも、お金や外見はきっかけになるかもしれませんが、その中に本質はありません。

いつかなくなってしまうものにしがみついて、安心したり不安になったりするよりも、自分の中から安定的に湧き出す愛情をみんなに分け与えるようなイメージをしてみましょう。

  • 自分以外の誰かの幸せを願える
  • 誰かに親切にできる

ということは、今すぐ何か見返りがあるわけではありませんが、将来的には自分を幸せにする手段となります。

「この人はお金を持っているから助けてあげよう」とか「この人は美人だから手伝ってあげよう」と思って行動することは、見返りを求めての行動です。

もし何もお返しがなければ「手伝ってやったのに!助けてやったのに!」と思いますが、その中には愛はありません。

相手に愛を与える、ということは、相手に「幸せになってもらいたいな」と思うことです。それは、自分の立場を譲ることではなく、今できる精一杯の手助けをしてあげることです。

それは辛い人に声をかけるだけかもしれませんし、苦しむ人の手を握るだけかもしれません。でも、自分の気持ちの中に相手を思う心を持つこと、そしてそれを表現することが大事です。

自分だけ幸せになろう、自分だけ愛していよう、とすることは、愛をケチることです。

愛をケチっても心は豊かにはなりません。愛は小さくちぎって、ほしい人にどんどん分け与えるものです。

6、人を愛するためには自分で自分を幸せにできなければならない

誰かを幸せにしてあげる、という時にはすごく労力が必要です。その人がどうすれば幸せになるのか探らなければなりませんし、わかるまで時間もかかるかもしれません。

わかったとしても、そこに到達するまで手間も時間もかかるでしょう。自分で自分を幸せにするより難しいことかもしれません。

誰かを愛する時、忙しくて時間のない人は、その人に愛を傾けることができません。心に余裕のない人もできません。そして、自分のことを愛せない人もできません。

愛されるためには人を愛さないといけないのですが、自分の力で自分のことを幸せにできる人でなければ、人を愛することができません。

依存しない愛…自分の力で立てる人でなければ手助けできない

小さい子供は、親に依存して生きています。親に依存して生きている子供が、捨てられた犬を拾ってきても、子供だけの力で経済的に犬を養育することはできません。

子供はそういう意味で、親の経済力に依存していないといけませんし、自分の判断で犬を飼うことはできません。

大人であっても、自分で仕事をしておらず収入のない人が、誰かのお金で生活している場合、自分の判断で自由にお金を寄付したり、投資したり、ということはできません。

やはり、自分の収入があって、それがある程度安定していて、稼ぎ出す自信もあって、生活に余裕がある人であれば、はじめて何かに寄付するような余裕が生まれます。

では、その経済力を愛に言い換えると、誰かに愛してもらっていないとひとりで立ってもいられないような人が、誰かを愛することができるか、と言えば答えはNOです。

例えば、彼の愛がないと生きていけない女性がいて、彼のその日の気分で喜んだり悲しんだりしていては、例え二人の間に子供が生まれたとしても、その女性は単独の意思では子供に愛情を与えることができません。

常に彼の顔色を伺いながら子供を育てる、となれば、もしかすると子供は愛情を感じることができないのかもしれません。

誰かに大きく依存する、何かに大きく依存する、それがなければ生きていくことができない、という状態では、足元が不安定で、誰かに愛を与える余裕はありません。

何にも寄りかからない、ということではありませんが、「これがなければ、これで代用できるし、なんとかやっていける」という自分自身への信頼がないと、安定的に愛を供給することは難しいのです。

7、愛されるためには愛する覚悟があるかどうかが試されている

今まで愛されなかった女性が、いざ愛される側の立場に立つと、途端に逃げ出したくなります。なぜかと言えば、愛されるということは、幸せなだけではないからです。

テレビなどで活躍するアイドルがいますが、こちらから見ている分には華やかで楽しそうに見えます。

しかし、現実はそんな明るく楽しいものではありません。いくらアイドルに憧れている人でも、突然「さあどうぞ!」と舞台に立つと、緊張してしまうでしょう。

愛されるということは、慣れていない人には辛いことでもあります。だからこそ、愛される人は愛されるだけの覚悟がなければいけません。

愛されるに値する人間であるという自負がなければいけない

「私はブスだ」と思っている人がいて、自分でいくら鏡を見ても納得がいかないとします。けれど、世間はすごく高く評価して、みんな「美人だ、かわいい」と言います。

しかし、いくら褒められても「みんな何を言ってるんだ?私はこんなにブスなのに!」と思っていれば、「もしかして騙されているのか?みんな馬鹿にしているのか?」と疑心暗鬼になります。

人から愛される、ということは、自分の中で「私は愛されるに値する人間だ」という自信や思い込みが必要です。

そこには理由が必ず必要です。

  • 美人だから愛される
  • 勉強ができるから愛される
  • 両親がいつもかわいいと言ってくれたから私はかわいいに違いない

というものです。

実は世の中には愛を持っていて、愛してくれる人はたくさんいます。もしかしたら、今までだって何人も出会っているかもしれません。

けれど、相手がいくら愛してくれても、それを受け取る器がなければ「この人何を言ってるんだろう」とか「なんか気持ち悪いな」という感覚になってしまって、受け取ることができません。

愛される女になるとは、愛を与えてもらえるくらいの価値の高い女になることではなく、人から与えられた愛を受け取れる人になることです。

外見を磨くのも、高収入を得るのも、もしかしたら女としての価値を磨く、というよりも、自分が自分に対して自信を持ち、愛されるだけの証拠が欲しいからかもしれません。

愛してくれた人の愛から逃げない!しっかり受け止めて勝負する

特別な相手、というのは地球上のどこかに存在するのかもしれません。きっとその人は心から愛してくれるでしょう。

その愛から逃げることなく、しっかり受け止めて相手に向き合うことができるかどうかが、これからの勝負となるでしょう。

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