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【本紹介】「哀れな女」とはどんな女性?マリーローランサン詩「鎮静剤」より

Date:2013.04.18

マリー・ローランサン(Marie Laurencin)という女性をご存知でしょうか。マリー・ローランサンは、20世紀前半に活躍したフランスの女性画家・彫刻家です。

画家ではありますが、彼女の詠った「鎮静剤」という詩の一節を見聞きしたことのある方も多いのではないでしょうか。

「鎮静剤」は、その訳され方はさまざまですが、一度読んだら忘れられない何とも切ないものです。時代背景や彼女の当時の心情を知り得なくても、なぜか心がもの哀しくなるのは、同じ女性だからなのでしょうか。

鎮静剤-堀口大學訳-

退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です。

悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です。

不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です。

病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です。

捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。

よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。

追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です。

死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。

マリー・ローランサンと鎮静剤

マリー・ローランサンは、20世紀初頭から中盤にかけてフランスを代表する女性画家です。有名なモンマルトルのピカソのアトリエで製作を続け、そこで詩人アポリネールと出会い、運命的な恋に落ちます。

やがてアポリネールとの6年間の恋は終わりますが、2人は別れた後も文通を続けていました。別れから5年後、ローランサンはドイツ人男爵と結婚し、アポリネールは他の女性と結婚後すぐに病気でこの世を去ってしまいまいます。

ローランサンが詩を書き始めたのは、1914年に第一次世界大戦が始まり、結婚したばかりの夫とスペインに亡命した時でした。そこで届いたのは、かつて愛したアポリネールの結婚と死の知らせ。「鎮静剤」はそんな時に書き上げられました。

最も哀れな女とは

筆者はたまたま立ち寄った美術展で、彼女の描く淡いパステルカラーの作品を知り、そしてこの詩に触れました。

当時の複雑な時代背景などを抜きに、なぜこの詩が私たち女性をはっとさせるのか、なぜこんなにも余韻が残るのか、筆者なりに分析をしてみました。

簡単に、「退屈<悲しい<不幸<病気<捨てられた<よるべない<追われた<死んだ<忘れられた」という図式になりますが、これを5つの段階に区切りました。

●退屈<悲しい<不幸

退屈している女がいる。女はそんな状況を悲しいと感じる。そして気付く、これが「不幸」なのかと。「何か」に退屈して「何か」を悲しいと感じてはいるものの、あくまで自己完結型の一人称の世界です。

「退屈だな、悲しいな、あぁ不幸だな」いわゆる、自分の内にうずまく感情に支配された哀れな女性と言えるでしょう。

●病気

さらにここで、避けられない外的要因が入ります。いえ、もしかしたら精神病などの内的要因かもしれません。しかし何れにせよ、自分ではどうしようもない感情以外のものが、自分自身を蝕みます。

●捨てられる<よるべない<追われる

病に侵されるよりも、人は、他人から見放せることを恐れるのかもしれません。「~される」つまり、対人間からの影響を受けます。自分以外の誰かがいて、初めて感じる新たな哀れさ。

よるべないとは寄る辺のない、つまり身を寄せるあてがない、孤独であるということです。誰かに捨てられた挙句、身寄りもなく、天涯孤独でただ追われる身となる。なんという哀れでしょうか。

●死ぬ

「死」とは自分自身の存在の無。終わり。つまり最終形です。しかし、最後の一節に衝撃が走ります。

●忘れられる

死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。屍の女よりも哀れな女がいたのです。「捨てる」とは違い、「忘れる」とは、相手にとっては意思のないもの、操作のしようのないもの。私たちにはどうしようもないもの。

「嫌い」よりも「興味がない」という表現の方が悲しいように、この不可抗力の、突きつけられた事実こそ、まさに哀れ。「病気になって死ぬ」ことよりも「他人から見放され、やがて忘れられる」ことこそ哀れである、と段階的に気付かされる詩なのです。

女とは誰であるか

有名な翻訳は堀口大学氏のものですが、実は原詩には主語がありません。「女」という単語は使われていないのです。この翻訳では「哀れな者」が誰であるかをはっきり示していますが、そもそも女とは、誰なのか?ローランサン本人なのでしょうか?

キュビズムをはじめとする前衛的な流れの中、ローランサンはどこか憂いを秘めた、淡いパステルカラーの女性達を描き続けました。

ローランサンは同性愛的な傾向も強く、生涯、ほとんど男性を描くことはなかったようですが、絵画とともにこの「鎮静剤」は、彼女自身だけでなく女性全般に向けたメッセージともとれるような気がします。

タイトル「鎮静剤」に秘められた意味とは

「鎮静剤」「鎮痛剤」等に訳される詩のタイトルですが、一見すると、「なぜこのタイトル?」という疑問がわきます。奥が深いような、意味深なような…。解釈は様々あるとは思いますが、筆者はこう考えます。

鎮静・鎮痛とは、高ぶった気分などをしずめ落ち着かせること。また、しずまり落ち着くこと。痛みをしずめること。世の中に数多く存在する哀れな女性たち。ローランサンもその一人だったのでしょう。

私たち女性は、自分の哀れさを受け入れることが出来ずに、常にもがいているのです。苦しんでいるのです。しかしこの詩は、その究極形を示しています。

状況は様々あれど、最後の一文に触れた時、「そうだ!」と何かに気付かされます。ふと、納得し落ち着くのです。そう、この詩そのものが、まさに「鎮静剤」の役割を果たしているのではないかと思うのです。

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