• 美容
  • ライフスタイル
  • 健康
  • ファッション
  • スピリチュアル
  • DIY女子部
  • 恋愛
  • 大人の美学

親の援助ゼロ、頼れるのは自分のみ、ある女の子のサバイバル大学進学術

Date:2013.11.21

1人の女の子がこの春、大学を無事卒業しました。彼女は親の援助いっさいなしに高校から大学へ行き、入学金、授業料、生活費(親元離れて生活)、遊びのお金、すべて自分で稼いで大学生活を乗り切りました。その奮闘ぶりはスゴイものがあります!

教育資金は親が出すのが当たり前になってしまったこのご時世、なぜ自分の力だけで大学へ入学でき卒業できたのでしょうか?

西田悠里さんの女子高生サバイバル術をご本人にインタビューしてきました。特に高校生を持つ母親、またはこれから大学へ行きたいご本人へこのリアルストーリーをシェアーしたいと思います。

アメリカの大学も費用が半端なくかかります!写真はアメリカの大学の校舎(SDSUサンディエゴ州立大学の建物の一部)

日米共に大学進学の経済的負担は大きい

アメリカでは18歳で高校を卒業すると、親元を離れて大学の寮やアパートなどを借りてルームメイトと住み始めます。この時期が親元から離れる独立の絶好のタイミングなのですね。

しかしアメリカの州立大学など、年々国からの補助がカットされているため、生徒側の負担率が高くなってきています。

ほとんどのアメリカ人は奨学金や学生ローンをゲットして大学へ行くか、もしくは親が大学資金を全額支払うということがほとんどです。

ほとんどの学生たちはアルバイトをして、学費以外の生活費や遊興費を捻出します。日本の場合は遊興費のみをバイトで稼ぐ人がほとんどなのではないでしょうか?

日本でも大学の奨学金制度やローンもありますが、アメリカ並みには浸透はしていないように見受けられます。そんなこともありご家庭の経済的な事情により大学を断念して高卒で働く人もいますよね。

すべて自力で大学に行った西田悠里さんのスゴイところを知りたい!

大学の卒業式での西田悠里さん。この可愛いフェイスと裏腹にすさまじい根性を持っています!

ここで、私の友人の娘さんの西田悠里さんがこの春に無事大学を卒業したことを聞きました。よくよく聞いてみると学費や生活費、交際費などすべてこの娘さん本人が稼いで生活していたとのこと。

ふと疑問に思いました。親元からではないのにどうやってこの4年間をまかなえたのでしょうか?また友人(母親)はなぜ学費など一切出さなかったのでしょうか?

それには娘さんが高校生の時に起ったある出来事に大きな理由がありました。さっそくインタビューしてきましたのでお伝えしようと思います。

Q.まず、あなたが高校生のときに何が起ったのですか?また、そのとき大学は諦めなかった理由などあったら教えてください。

私もご多分にもれず普通の女子高生でした。ある日、帰宅すると母の姿はなく、父からの1本の電話で母が職場にて脳内出血で倒れたことを知ります。

すぐに救急で搬送された母のいる病院へ行くと、髪の毛が半分そり落とされ、喉に管を通され朦朧(もうろう)とした意識のままの変わり果てた母の姿がありました。奇跡的に命は助かりましたが、左半身不随の高度障害が残ってしまいました。

ハッキリ言ってその時は進路なんてどうでもいいと思いましたね。しかし一方で、父の仕事の関係で田舎に引っ越して学校生活を送っていたので、都会の華々しいキャンパスライフのあこがれも捨て切れませんでした。

またタイミング的にも学校(商業高校)が就職と共に進学にも力を入れ始め、親しくしていた先輩が東京の大学に行くという話も刺激材料となりました。

日ごろ授業はしっかり受けテストは満点を意識していましたので、学ぶ意欲も確かにあったのだと思います。そして学校(大学)へ行けばより一層未来への希望を持つことができるということも確信していました。

Q.あなたのお母さんが倒れた後、考え抜いて大学進学を決意、他の生徒は塾に通う中、あなたはどうやって勉強したのですか?

高校は進学校ではなく地方の商業高校だったので進路を決めるにあたり、みなさんがいろいろな検定を取ることに集中していました。私は先生に恵まれ、先生方は母が倒れた際にもかなり心配して下さいました。

先生のご協力もあり、頑張れば結果につながるのだと信じ、私も検定を1つずつ取っていきました。それには先生を塾の先生のごとく(あえて失礼な言葉になりますが…)使い倒しました!(笑)

休み時間や放課後を利用して学校の先生へ勉強のわからないことを聞きまくりました。塾に行ける金銭的な余裕がなかったので、塾には行けませんでしたが、学校生活が充実した感覚が残っているのはそんな不幸中の幸いの中にあったように思えます。

Q.ぶっちゃけどのようにして大学へ自分の力(経済力)で行けたのですか?

まずはわが家の経済状態は母の病気で一変しました。父からは「大学へ行きたかったら自分の力でいきなさい!」と宣言され、あこがれの大学生活は無理かと思いました。

現実、母の障害が残っていく現状にとても切なくなり、この先どうしたらいいのかという葛藤に苦悩したのが高校時代の辛い思い出です。

ですが一旦自分に新学の道を選ぶというコミットをするやいなや、できない理由を探すよりもどうしたらできるのか?という考え方に変わることができました。私が狙っていた大学は私大ですが学費は国立大学並みの安さです。

まず、頭金25万円を支払えば入学金を全納するのには時間稼ぎができると思い、まずは25万円を目標として稼ぎ始めました。とにかく学校以外はアルバイト三昧―。郵便局の年賀状の仕分けが初めての仕事でした。

その後、交通利用調査、マクドナルド、ドラッグストア、税務署にて確定申告のPC補助の仕事などなど。とにかくコツコツ貯めていきました。高校時代に2足のわらじではないのですが働きながら学生をしていました。

そんな中、進路の先生に相談をすると、大学でも働きながら行けることなどの情報をいただけました。中には住むとこも手配してくれる企業もあると知りました。

先生の協力のお陰で大学入学と同時期に会社へも入社することができました。そして会社が提供して下さった寮から大学へ通いました。こうして社会人大学生になったことで東京の大学へ通うことができました。

Q.バイト経験の中で見つけたステキなエピソードとは?

高校時代はとにかくお金を稼ぐことに集中していましたのでクールに働いていました(笑)。そんな中でちょっとした疑問が生じました。ドラッグストア―やハンバーガーショップで働いていた時のことです。

今までに考えも及ばなかった商品の過剰包装、プラスティック製品などの大量のゴミの排出など、環境に敏感になってきている消費者たちが本当にこのような商品の過剰包装を望んでいるのか?企業側が自社製品をよく見せようと思ってやっているだけのことではないのか…云々。

これらのバイト先で疑問に思ったことを大学主催の論文コンテストへ応募することにしました。そして佳作受賞をすることができました。実は、その論文コンテストを主催した大学から電話がかかってきて私の進路が大きく開いたのでした。

単純なアルバイトのレジの一角でも疑問を持つことによって思いがけない世界が開けるのだと体感できた経験でした。

Q.勉強の時間をどのようにして取ったのですか?

働いていないときは常に机に向かっていました。また知識の幅を広げるためにジャンルを気にせずに週に4~5冊の本を回し読み、特に歴史や名作文学など肩がこりそうなものは漫画を読むなどして知識は思い切り詰め込んでいきました。

学校、病院、家事、仕事―その合間で勉強というのが生活パターンでした。試験前は徹夜もしました。一日何時間という制約を自分に課すことはせず、図書館の本棚を読破する!という方にむしろ必死でしたね(笑)。

トイレで新聞を読んだり、登下校で英語の音声をひたすら聴いたりといった感じでした。

Q.これから大学に行きたくても資金的に無理だと思う人へのアドバイス

一言で言えば、「何とかなる!」です。人は何とかするように頑張るし、頑張れる生き物です。お金がないなら自力で稼げばいいし、借りたら返せばいい。難しい学校なら勉強すればいい。それだけのことです。思春期の頃ですし色々な葛藤はあると思います。

「そんな大変な思いをしてまで大学行かなくてもいいのでは…?」と人は言いますが、私の経験上、無理して行って正解でした。いや、絶対行った方がいいと心から思いますね。

Q.また自分のお子さんの大学進学に悩む親へ一言

私の父は厳しい人で「自分でやりたいことだったら自力でやりなさい!」と言い放ちました。その時はショックでしたが今となってみたらこの言葉は私にとっては宝物です。

お子さんが大学を出るまでは親の責任と巷では思われがちですが、子供の力を信じて子供にやらせてみるというのも親の愛だと思います。

子供はその時反発をするかもしれませんが、その後、自分でやり遂げる力を与えてくれた親に対して感謝する日がきっと来ると思います。今、私は両親に対して感謝しかありません。

Q.悠里さんの近い将来の夢は何ですか?

近い将来、大学院に行きたいですね。社会学の分野で研究したいことがありますので…。 今はその為に語学の勉強しつつ資金を貯めています。最終的には学ぶ楽しさや自由を守っていく人になりたいです。

学びのプロセスとは、最初は解らないところから始まり段々意味が分かってくる…その頃になると楽しくなる!この繰り返しです。学生時代は人生のモラトリアム状態で大変良い時期です。そこにこそ得るものが沢山あると思います。

いかがでしたか?インタビューを終えて、自分のやりたいことを経済や環境のせいで断念することが非常にもったいないと感じました。みなさんも悠里さんの生き方をお手本に、成せばなる精神でがんばろうではありませんか!

この記事をシェアする

関連記事