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あなたにもあるハンドパワー。手ヂカラを発揮して癒しの女神になる

Date:2013.11.03

子供のころ熱を出すと、お母さんがおデコに手を当ててくれませんでした? あれは本当に気持ちがよかったですね。手の持つチカラって、想像以上に人を癒してあげられるのです。普段意外に忘れている 「やさしい手」 の使い方を、あなたもしてみませんか?

病院で体験した二つの不思議な出来事

どこかをぶつけたりお腹が痛くなった時など、自然にそこに手を当ててしまいますよね。

治療を意味する手当てという言葉がこの動作から来ていることは、もう知られた話だと思いますが、人に触れてもらったら不快感が軽くなった経験は、案外みなさん持っているんじゃないでしょうか。

私も、病院でこの体験をしてから、手にはチカラがあることを信じるようになったんですよね。

1つは、右手首にガングリオンが出来て整形外科に行った時のことです。高校時代まで何度か出ていて、もう癖だと諦めていたけれど、また痛くなったので初めての病院に行ったんです。

そしたら。先生が私の両手をとって触診をしている間に、痛くなくなっちゃったんです。手を握られた瞬間から、あれ?というのは感じたんですが、本当に嘘のようにそれまでの激痛がスーっと消えて。

ただ触れられただけなのに?? もっと不思議なのは、以来ガングリオンが出なくなったことです。

今でもあれは何だったんだろうと思いますが、ただ1つ変わっていたのは、その先生は診察中、医師というより人としてというようなやさしさで、私と私の手をすごく丁寧に扱ってくださったことでした。

2つめは、大学病院の廊下で貧血を起こしてうずくまった時でした。油汗が吹き出るほど具合が悪くなって、そこに戻してしまいそうだと思った瞬間、「大丈夫ですか」 と言って通りがかった看護婦さんが背中をさすってくださったのです。

そうしたらこれも嘘のように、スーっと吐き気が収まって。1分ほどもそうしてもらっている内に、自分でもどんどん生気が戻って行くのが分かって、最後は立ち上がってお辞儀ができるまでに回復しました。

あの看護婦さんの、やさしさと責任感にあふれた手の感触は、今でも背中に残っています。

このことがあってから、調子の悪い人にはなるべく触ってあげています。胃が痛ければみぞおちに、熱っぽければおデコに、あの時の先生と看護婦さんのやさしい手を思い出しながら、治れ~治れと願いをこめて触れています。

同じように自分の具合が悪くなった時も、文字通り人の手を借りていますが、触れてもらうとやっぱり早くラクになる実感があります。触ってあげた相手にたずねても気持ちいいということなので、子どもの頃のお母さんと同じ効果があるんじゃないかと思います。

手は愛情を育む

手はまた、緊張している時にもチカラを発揮します。出番の直前の舞台ソデで、共演者の手を握ってギュッギュッと力を込め合うことは、良いエネルギーが通うのでよくやります。普段はあまり話さないような相手でも、この時ばかりは素直になるのが可笑しいですね。

カレから顔に触れてもらったことはありますか?両手で頬を包んでもらえると、なんとも言えない幸せな気持ちになるものですが、手は無言で愛情を伝えられるものでもありますよね。頭を撫でて欲しいと思っている男性も、意外に多かったりしますしね。

バージニア大学の心理学神経学科で行われた研究に、夫の手を握ると妻のストレスが消えるという実験結果があるのですが、これは納得できますよね。

軽い電気ショックを与えた時に誰かの手を握っていると、一人でいるより早く落ち着きを取り戻せて、また、知らない男性よりは夫の手の方が効果が上がったそうで。円満なご夫婦ほど高い数値になるのは、想像がつきますね。

子供がいつもお母さんの手を求めるように、手をつなぐという行為は、心が結ばれ合っている安心をもっとも端的に伝えてくれるんでしょうね。これは、逆もまた真が成立しますよ。

倦怠期を感じている奥様は、街中で折に触れご主人と手をつないでみると、ラブラブ度が戻ります。

過ちを取り戻させてくれる手

手の面白い使い方に、執着を手放させるというものもあります。これは、手を洗うことで起こせます。

大きな決断をする時には、大抵色々と比較検討して、その中から自分のベストを選びだしますよね。ところが、コトが大きいほど、決めた後に自分の選択の正しさを補強したい心理が出てくるのですね。

例えば車や時計などの高価な買い物には、本当にこっちで良かったのかという不安が生まれて、選ばなかった方の欠点を探したりその逆をしたりして、自分の決定を確信にまで高めてようやく安心するわけです。これは認知的不協和と言います。

問題は、その選択が間違っていた場合、すでに執着になっているため修正が利かなくなることです。買い物ならまだしも、これが恋人選びのようなことだったら、誤った相手を手放せずに不幸まっしぐらということも起きてしまうかもしれませんよね。

手を洗うと、直前まで抱えていた葛藤が洗い流されて、選択の正しさを補強するプロセスも起きないので、いざという時にスムーズにやり直しに入っていけるわけです。

日常の中で、大小色んな決断をしたらつど手を洗うことを習慣づけておくと、あるがままを受け入れるフラットな心持ちが身につきそうですね。

子どもに伝えて欲しい手の話

「手のきれいな人は、前世で施しをいっぱいしたんだよ。仏様が、ご褒美にその手をくだすったんだ。だからその手で、現世でもお返しをしていくんだよ」

ずいぶん幼い頃に、曾祖母に言われたことです。こういう言葉は一生忘れないものですね。自分の手を見るたびに、今の私はそれが出来ているだろうか、と思います。

母とお風呂に入った時に教わったのは、お湯の中で手を縦にすると、小さな赤ちゃんの手みたいに見えること。そうして横にすると、それは長く美しく、ほっそりした大人の手になったこと。何度も何度も、お風呂に入るたびに母とやったものです。嬉しい時間でした。

あらゆることを無限に生み出せる手。この手をどうやって使っていこうか。あなたなら、どうします?

~舞台女優が教える美のレッスン

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