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彼氏が優しすぎて不安!幸せを実感できない女は不幸を選ぶ?

Date:2016.04.30

shutterstock_251446969彼が優しいこと。それはとても幸せなことです。いつでも心配してくれて、優しい言葉をかけてくれて、大事にしてくれる。

これ以上ないほどの素敵な彼に出会えた…はずですが、そのことに不安を覚える女性が急増中です。彼が優しくしてくれるほどに不安が募るのです。

理解できない人には全く理解できません。「優しくしてくれるんなら、それでいいじゃん?なんで?」って感じですが、実はそんな本人すら、理由がわからず困っています。

「なぜ彼が優しいと不安になるのか?」という問いに対して、本人もわけがわからないから対処できない!その為、好きだけどお別れする、という結末を招きます。

しかも、そのような女性の場合、逆に“優しくしてくれない彼”と一緒になることで自らを納得させ、不幸のループに陥るという恐ろしいことに…!

幸せな恋愛をする為には、彼の「幸せにしてあげたい!」という気持ちだけでなく、彼女側の「幸せを受け取る、受け皿」の用意がなければいけないのです。

他人事と侮るなかれ、幸せを実感できない女性が不幸に自ら身を投じることのないように、幸せのメカニズムと、恋愛によって幸せになれる方法をご紹介します。

1、幸せになる覚悟がない女性たち…ハッピーエンドは存在しない

幸せ、とはなんでしょうか。残念ながら、生きている限り「はい!幸せになりました!終わり!」ということができないのが人生。幸せも不幸も波のように交互にやってきます。

それは避けられないことですし、ずっと同じ状態でいるということはまず不可能です。大なり小なり変化はありますから、その変化に対応して生きていくことが上手な生き方と言えるでしょう。

では、彼が優しくて大事にしてくれる、ということに不安を覚えてしまう女性たちは、なぜ不安になってしまうのでしょうか。

例えば、ここにひとつのケーキがあります。どうぞ食べて、と言われて「いただきまーす!」とムシャムシャ食べてしまう人もいれば、大事に味わって食べる人もいます。

そして、「これを食べたら次、いつ食べられるかわからない」と、食べるのを惜しむ人がいます。その人は、「これを食べたら次また食べられないことが悲しいから、最初から食べない!」という選択をすることがあります。

明日何が起こるかわからないのが人生ですが、食べたあとのことを考えて躊躇し、最高の幸せを味わうことを恐れている人です。

幸せになる覚悟=不幸になる覚悟…人生には起伏が必ずある

明日何があるかわからない、という条件は全ての人に当てはまります。生きている限りそれは変わりません。明日生きているという保証すらありません。

けれど、現在が山の頂上だとして、明日そこから一気に下る、ジャンプして降りる、という変化を嫌う人は、「そもそも山の頂上には行きたくない」と考えます。

明日もその次も生きていると仮定した上で、「どうせ変化するなら変化は小さいほうがいい」と考えている人、それが幸せに対して不安を感じる人です。

バンジージャンプのジャンプ台に立たされているような気分なのです。今が幸せであれば、ジャンプ台が高くなります。しかし、あまり幸せでなければ、ちょっとしか飛ばなくていい。

人生には起伏がありますから、嫌でもなんでも、自分で山を登らなければならないし、下りなければなりません。上がった分は下りなければならない。この変化に対して恐怖しているのです。

山を登る=山を下る、ということですから、幸せに対して不安を感じる人は、山を下る覚悟…つまり、不幸になる覚悟ができていない、とも言えます。

私はずっとここにいる!幸せも不幸もない平穏なんて存在しない

家から一歩外に出たら敵がたくさんいる…なんて言いますが、幸せになる・不幸になる云々の前に、生きるということは戦い続けることでもあります。

そこから戦線離脱して「私もう降参する!戦わない!」と宣言することは、野生の動物世界で言えば、そのまま死ぬことを意味します。

人間界でも同じで、「私もうずっと不幸でいい!平穏に何事もなく暮らしていきたい!」と思っても、そうはいきません。

例えば、海を漂流していて、みんな移動しながら生きている時に、たまたま小さな島を見つけて「私はひとりでここに残るね」と、たったひとり島で暮らすことにします。

しかし、その島だっていつまでも陸であるとは限りません。もしかしたら、気まぐれに海の底に沈んでしまう可能性だってあります。

「ここにいれば絶対大丈夫」という場所はなく、常に臨機応変に移動していなければならない、と考えると、ずっと不幸で居続けることもできませんし、幸せで居続けることもできません。

なので、彼から与えられる優しさは、いくら受け取りを拒否しても無駄なことです。恋愛することによって傷つくことは避けられないでしょうし、彼の優しさが永遠に続くこともありません。

「いつかなくなるもんだ」という前提で、ありがたく受け取る、ということがマナーでもありますし、そこから不要な不安感を感じる必要もありません。

そこにあるのは、ただひとつ、「次の瞬間、何が起こるか誰も予想できない」ということだけです。わからないことに怯えていても仕方がないので、何が起きてもいいように覚悟と柔軟性を備えておくことが大事です。

2、生きている実感がほしい?自ら不幸を求めてさまよう女たち

幸せになりたくない人なんかいない!と、断言することはできませんが、みんなお金はないよりあった方がいいですし、路頭に迷うより安定した生活がしたいと思います。

同じ値段で美味しい料理と、マズイ料理があったら美味しい方を選びますし、同じ空き時間があったら楽しく過ごしたいと思うのが自然かな、と思います。

でも、たくさんいる中には、まるで自ら不幸を選ぶような人がいます。大好きな彼に優しくされるのが辛くて、むしろ暴力をふるうような彼と一緒にいた方が安心する人です。

それは客観的に見ると、美味しい料理を跳ね除けて、マズイ料理を自ら選んでいるようにも見えます。なぜ彼女たちは、自ら不幸を選んで突き進むのでしょうか。

悪い子にはお仕置きを?罰を与えて幸せを感じようとする女たち

例えば、隣に悪いことをした子がいます。その子が悪いことをした!と先生に言いつけると、悪いことをした子は怒られ、自分は褒められます。

悪いことをした子は罰を与えられるべきだし、それを先生に報告した自分は褒められるべきだ、と考えている場合、自分が悪いことをしてしまった時どう考えるでしょうか。

これは、先生に「私は悪いことをしました!でも、自分で自分に罰を与えていますから褒めてください!」となるかもしれません。

もしくは「私は悪いことをしたので、思い切り叱ってください!叱ってもらうことで、この罪はチャラになる!」と考えるかもしれません。

どちらにしても、罰を与えられたり、叱られたりすることによって、先生に見てもらうことになりますし、自分の存在を認めてもらうことにもなります。これは褒めてもらうことと同じくらい嬉しいことです。

しかし、大人になると先生という存在はいません。先生ではなく親かもしれませんが、それをひとりで二役演じなければなりません。

子供時代には本来なら他人が担う、先生という役割を、大人になって自分で行い、自分で自分を褒めて認める、ということは、すなわち精神的自立であり、大人になる、ということです。

けれど、まれに“うまく成長できなかった人”がいます。厳しく育てられたり、先生や親に恵まれなかった人に多いのですが、自分を否定することで自分を肯定する、という矛盾を抱え込んでしまっているのです。

その為、自分を傷つけることで安心したり、罰を与えることによって生きている実感を得ようとします。けれど、その行為で満足することはありません。

まるでお腹がすいているのに、ナイフとフォークを持って食べるフリをして、テーブルマナーを褒めてもらおうとしているようなものです。

お腹がすくのなら食べ物を食べなければなりませんし、褒めてもらおうと思うのなら自分の外に表現して誰かに見せなければなりません。

これらを自分の中で我慢して、ひとりで自給自足しようとすると様々な矛盾が生じる為、幸せになりたいのに不幸を選ぶ、という選択をしてしまうのです。

自分への罪悪感!何も悪いことはしていないのに逃げられない

掃除をしていると、次々汚れが出てきて、いつまでたっても終わらないなあ、と思いますが、そんな時は「これでいい!」という自分の判断で、終わりが決まります。

終わりがないものの終わりを決めるのは、自分です。ということは、自分が良い人間か、悪い人間か、というのを決めるのも、自分です。

判断材料は無限にありますが、良い要素がたくさんあっても「でも、これができていないからダメ!」と判断するか「ここまでできてるからOK!」とするかは、自己判断です。

自分への罪悪感が消えない人がいます。どんな理由で罪悪感が消えないのか質問すれば多種多様な返答が返ってきますが、「なんとなく」と答える女性は危険信号です。

自分で不幸を選ぶ女性は、幸せを恐れています。幸せになったら、誰かから批難されることになるからです。しかも、自分はこんなに罪多き人間なのに、幸せになっていいわけがない!

…犯罪でもしたの?という感じですが、彼女たちは犯罪をしたわけではありません。今こうして生きていること自体が罪だと思っているのです。表に出さなくても、このようなぼんやりとした罪悪感を抱えている女性は多いです。

実際、あまり気にしていない人も多いとは思いますが、人は生きているだけで批難されます。妬まれますし、悪口も言われます。何もしていないのに、です。

まるで、普通に前進しているだけなのに、足元に生きている人間の怨念が絡み付いてくるようです。けれど、それは批難される人が悪いのではなく、批難している人が悪いのです。

そこで「私は悪くないし、悪いのはアンタたちだし」と言い切れるか、「ごめんなさい、私が悪かったです」と認めてしまうか、で大きく分かれます。

この“他人からの批難”からは、どこへ行っても逃れられません。人との関わりを一切捨てたって、自分の中に植えつけられたものから、やはり同じように批難され続けるでしょう。

守る姿勢よりも、戦う姿勢で立ち向かわなければ、罪悪感には勝てません。「自分は何も悪いことはしていない!」と胸を張って言える自信を身につけなければ、いつまでも罪悪感を枕にして寝ることになります。

3、自分の幸せを願ってはいけない…優しい彼には感謝して

彼に優しくしてもらうと不安…と言っている人には共通点があります。それは、彼自身の幸せについて自分の基準で考えている、という点です。

彼に対して、「何をしてあげたら彼は幸せと感じるだろうか」と考えた時に、多くの人は「たぶんこうしたら幸せだろう!」と、憶測で考えています。

つまり、彼を幸せにしてあげた手応えがないことも不安だし、このまま優しさを与え続けられることにも底なしに不安を感じるのです。

自分の手応えを基準に、または、自分の幸せの基準を彼に当てて測定している限り、いつまでたっても平行線です。

愛や優しさは、与え続けるものです。手応えや見返りがなくても、です。優しくしてもらっても、彼に何もしてあげられない!ではなく、彼にしてあげられることはたくさんあります。

彼が幸せになるためには何が必要か?彼の幸せについて考える

彼は何をしてもらったら幸せと感じるでしょうか。自分が幸せになる方法を考えるのは簡単ですが、彼の幸せについて考えるとなると少々難儀です。

まず、彼に質問しなければなりません。そして、それを実行できればするのですが、幸せかどうか感じるのは彼自身なので、彼女にはその手応えはありません。

よし!彼は今幸せになった!と実感できる瞬間には、なかなか立ち会えないでしょう。しかも、求められたことをしただけで彼が幸せになれる保証はありません。

幸せな気分は持続できるものではありませんから、一度で満足、さあおしまい!ってことではいけません。

彼からもらった分の愛情や幸せがあるのなら、それ以上の愛情や優しさを彼に与えることを考えましょう。もらってばかりいると不安ですから、その分をお返しするのです。

自分がこれから幸せになる、不幸になる、ということを一旦置いておいて、彼に焦点を当ててみましょう。

彼を幸せにする、という目的の為には、様々な総合力が必要です。彼を支える体力も精神力もそうですし、彼の望みを知るためのコミニュケーション能力も必要です。

不安なのは、自分がもらってばかりだからです。そこから、彼に与える方向にうまくシフトチェンジしていくことが大切です。

餌の与えすぎに注意!恋愛は男女の駆け引きであるということ

恋愛において最も難しいのが、二人で幸せにならなければならないのに、二人は仲間ではない、ということです。

男性と女性は、それぞれ持っているものが違います。最初から全部手の内をお互い見せてしまうと、恋心が失せてしまいます。すると恋愛感情がなくなって、恋愛の継続が困難になります。

そこで、お互いに手の内を隠しながら交際するのですが、見せ無さ過ぎると不安になるし、見せすぎるとつまらない、というとてもセンシティブなものです。

彼は優しさを与えてくれる人ではありますが、手の内をすべて見せてしまって、彼のためならなんでもやってあげる!ということになると、優しい彼がどんどん悪い男になるかもしれません。

もしくは、彼女のすべてを見てつまらないと思い、離れていくかもしれません。愛は惜しみなく与えるものですが、いっぺんに全部与えると、嫌われてしまうことがあります。

彼にも受け皿があって、常に美味しい料理がのっている状態では、それが当たり前にもなりますし、満腹なのにまだ出てきたら「もういいよ」と思います。

料理は美味しく作ることもそうですが、出すタイミングや、食べるタイミングが重要です。彼が「お腹減った!」というときに、「はい!」と出せる。このタイミングで愛を与えられたら一番いいのです。

彼はどんなことをしたら幸せになれるか、どうなることが彼にとって幸せと言えるか。このことを考えることで、不安は消えるかもしれません。

4、幸せになりたくない!どん底からの眺めは最高に安心する?

幸せを感じれば感じるほど不安になる!という人もいます。そういう人は、自分が幸せであること、そのものが自分を攻撃しているようなのです。

その為、不幸になればなるほど安心します。これ以上ない、というどん底まで沈むことで、逆に幸せを感じるのです。

けれど、それはもしかしたらその人の本来の望みではないかもしれません。例えば、注射です。注射というのは医療行為ですが、生物として考えた時には体に針を刺して異物を注入するのですから、自然なことではありません。

その為、本来は注射は苦手なことが自然でしょう。ところが、注射が苦手すぎて、逆に注射好きになってしまう人がいます。

注射を好きになれば、恐怖を克服できるからです。これが注射の場合はまだいいのですが、この注射を不幸に置き換えて考えてみましょう。

不幸な状態は嫌だ、苦手だと考えるあまり、不幸が好きだ、不幸であることが自分にとってはピッタリだ!、と認識した場合、それ以外の状態は、とても居心地の悪い状態です。

私は注射が好きだからすすんで注射をしてもらう!というような感じで、「私は不幸が好きだから、あえて不幸になる道を選ぶ!」になってしまっては、自然の摂理に反してしまうのです。

本当のどん底ってどういうことなの?地獄に行けばわかること

筆者もまだ生きていますので、まだあの世の地獄を経験したことはないのですが、死んだら行くであろうその地獄が現世のこの地球にある、ということを知って愕然とした記憶があります。

どん底、というのは何も井戸の底にひとりでうずくまっていることを言うのではありません。どん底にはたくさん人がいます。

そして、その人たちは飢えていて、人を羨み、罵倒します。お腹はいっぱいでも、もっと欲しがります。自分の手を汚すことを嫌い、誠実に働くことを拒みます。

どん底の人たち、というのは、ちょっと見渡せばそのへんにいる人たちのことです。我先に、と他人のスカートを踏み、髪の毛を掴んで引きずり落とそうとする、努力を忘れた心の貧しい人たちです。

不幸になったつもりで、幸せな人たちを見上げているのは構わないのですが、それはたくさんいる浅ましい地獄の住民の皆さんと肩を並べることです。

それでもいいなら止めることはできません。世の中には、幸せな人と、それを批難する人の二種類しかいない、と仮定するなら、好んで地獄に落ちようが、努力して這い上がろうが、自由です。

どん底にいる、ということで安心するのは、誰よりも不幸であることで、誰も批判しない…つまりこれ以上後ろには下がれない壁があることでの安心感です。

ただし、どこまで後ろに下がろうと、どん底から抜けられない(抜けたくない)人はたくさんいますので、おそらくなかなか壁に背中をつけることはできません。

浅ましい人の中に飛び込んで一緒に飢えながら、さらに周囲の飢えている人たちに罵倒され続けるのです。これは不幸以外の何物でもありません。

例え、自分の思っている幸せに手が届かなくても、地獄に落ちないように努力することは大切です。届くかどうかではなく、目指し続けて前に進むことが地獄に落ちない唯一の方法です。

5、恋愛は物々交換…彼が優しくしてくれるのには必ず理由がある

「私、こんなに幸せでいいのかな…素直に彼の気持ちを受け取ることができない」と悩む女性は、もしかしたら「なぜ私が彼の優しさを受け取る資格があるのか」と考えるかもしれません。

自分には価値がない!とか、彼の愛を受け取るほど優秀な人間じゃない!とか。美人じゃない、頭良くない、など理由は様々です。

正解から言うと、困る必要はありません。受け取りましょう。そして、それなりの対価を彼は欲しています。彼からの愛は無償の愛ではなく、物々交換です。

もらったらお返しする…彼が欲しいもの・満足するポイントは?

彼がすごく優しくしてくれる、大事にしてくれる。このことで、彼には「私はあなたが想像しているような女性じゃないのよ?」と思うかもしれません。

しかし、これはもしあなたがちょっとずる賢い女性なら「どんどん勘違いしてイイ女だと思ってちょうだい」って感じです。

男性が女性と付き合う時、基本的には下心が根底にあります。まるで無償の愛のような、慈悲に満ち溢れた愛情を注いでくれるかもしれませんが、その優しさが湧き出る泉は下心です。

その下心がなくなったら、今の優しさの10分の1くらいになってしまいます。なので、その優しさや愛はどんどん受け取って構いません。

彼は受け取ってもらえるだけで嬉しいですし、その後のことも期待しています。というより、その後のことに期待することが楽しいのです。

なので、いくら高価なアクセサリーをプレゼントされても、「こんなの私にはもったいない!」と返すのではなく、とりあえず「ありがとう!」と受け取っておきます。

受け取ってくれる、ということが彼にとって嬉しいことですし、また今後に期待できる材料です。「こんなことだけでいいの?」と思われるかもしれませんが、それだけで彼は手応えを感じています。

女性の満足ポイントと、彼の満足ポイントは違います。恋愛はもらった分だけお返しすることがマナー。喜んで、優しさも愛もプレゼントも受け取って正解です。

6、恋愛に依存しないで…頭痛なのに胃薬を飲む現代人の闇

頭が痛いと、思ったら頭痛薬を飲みます。しかし、なぜか「胃薬しかないや…胃薬を飲んじゃえ!」と飲んでおいて、「効かない!」という人がいます。

彼に優しくされて不安になる人は、彼に冷たくされても不安になります。なぜかと言えば、彼に「こうしてほしい」とか「こうあってほしい」という期待があるからです。

恋愛以外の私生活で不満があったり、自分の中身に欠点があって苦しんでいる場合、本来は恋愛と切り離して考えるべきところも、恋愛と混同して考えてしまいがちです。

その為、数学の点数が悪いのに、物理の勉強をしても点数はよくなりませんし、頭痛に対して胃薬を飲んでも治るはずがありません。

恋愛は万能ではないので、彼は彼以外の誰でもありません。学校の先生でも、友達でも、会社の上司でも、自分の親でもありません。

彼は恋愛対象であって、その他のすべての役割をいっぺんに引き受けてくれる万能薬ではないのです。恋愛で足りないものを補おうとしているうち、恋愛で幸せにはなれません。

彼がいなくては生きていけない自分にしてしまうか、それとも、彼がいなくても生きていける自分にすることができるか、という問題があります。

彼は大勢いる人間の中のひとり…彼が優しくても何も問題ない

家族も大事ですし、友達も大事ですし、それと同じくらい彼も大事です。ところが、彼だけは別格で、それ以外の人と順位に差を作る人がいます。

彼はたくさんの、関わりある人々の中のひとりでしかありません。その為、彼が優しくしてくれることは、家族が優しくしてくれたり、友人が優しくしてくれるのと同じようなものです。

ほかの人から受け取るものはいいけど、彼のだけは特別…と隔離してしまうのは、恋愛だけを特別視していることになります。

自分という人間は、学校に行けば生徒になりますし、会社に行けば従業員、上司から見たら部下、後輩から見たら先輩、親から見れば娘です。

彼との関わりは、そのようなたくさんの関わりの中の、ある一面でしかありません。ですが、心の中で恋愛だけが特別である限り、彼の優しさは特別なものです。

そんな特別なものは、例えば「このカバンの中には国宝が入っているから、絶対壊さないように」と手渡されるようなもので、壊れるのが怖くて慎重に扱います。

すると、優しくされただけで「壊れるんじゃないか」と思う=不安、となるのです。彼が優しくしてくれるのは、家族や友人のそれと変わらない、特別なものではない、と考えることによって、ごく当たり前に受け取れるのもになります。

恋愛以外の部分を強化すること…彼や恋愛に多くを求めない

もし両親から愛情を満足に与えられなかった人や、友人関係に悩んでいる人が、ぼんやりとした空腹感を見たそうとしてしまうと、彼に多くを求めるでしょう。

しかし、彼は彼としての役割を果たすことはできますが、家族や友人の代わりになることはできません。その為、例え24時間拘束されたって、彼女を満足させることはできないでしょう。

彼からの愛情で満たそう、とすることは、頭痛なのに胃薬を飲むことと似ています。いくら飲んでも効果は現れません。

彼や恋愛に依存せず、自分が何に飢えているのか把握した上で、その部分を自分の力で強化していく。そのことによって、彼からの優しさを正しく受け取れるようになります。

もし、彼からの優しさを受け取ることで、ほかの部分とのバランスが崩れてしまうようであれば、足りていない部分がある、ということに気がつくことが大事です。

7、幸せの受け皿…愛情は受け取ることと与えることがセットである

いくら喉が渇いていても、コップが小さければたくさんの水を飲むことができません。水を与えてくれる人がいるのに、水はこぼれてしまいます。

水を与える人が十分な分を与えていても、受け取る側の受け皿が不十分だと、全く満たされません。これが、彼が優しいのに不安になる正体です。

精神的な満足を得ることは、物理的な満足を得ることよりも難しいものです。ですから、彼から与えられるものが、欲しい形や欲しい量ではないこともあります。

けれど、どんな形であれ、それが彼の表す愛情であれば、受け取る必要があります。受け取ることも、また愛情だからです。

受け取ることによって自分が満足できる、ということもありません。愛情を受け取ることと、与えることはセットであるからです。

「何かをもらって満足しよう」というのは、大きな誤解です。もし自分を満足させたいのなら、愛情は常に自分以外の他人に与え続けなければならないからです。

幸せになりたい!愛情を与える人になれば幸福感を味わえる

“愛情を与えることが喜び”にならなければ、きっと何をやっても満足しませんし、ずっと不安感はついてまわるでしょう。

幸せになる、ということは、誰かに幸せにしてもらうのではなく、相手を幸せにした時に得られる幸福感をそのまま我が事のように喜べることです。

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