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江戸時代や昔でも不妊症ってあった?驚きの初婚年齢とは!?

Date:2013.02.12

現代の最新医療を持ってしても、不妊症というのはまだまだ重いテーマとなっているようで、子供を所望する夫婦にとっては何とか早急に治療・解決をしたい問題です。

不妊症というのは、今では昔と違い女性だけの原因とされる事も少なく、男性側の治療も多くなっています。その事が判明しただけでも一歩先に進んだというべきではないでしょうか。

そこで疑問になるのが、医療が発達していない江戸時代などは、子供ができないという事実をどのように捉えて回避していたかという事になります。

女性側・男性側と原因は50%ずつ

昔は不妊症の原因のほとんどが女性側にあると考えられていました。そのため、思い悩むのは女性側で、そのストレスがホルモンバランスを崩してさらに妊娠しずらい悪循環となっていたようです。

今ではその原因が女性側・男性側の両方にあるという事が医療的にも判明している事から、夫婦が手を取り合ってお互いに検査・治療に望むという傾向になっています。

では、なぜ女性側の原因が強いと思われていたのでしょうか?それは、やはり年齢的な事になります。女性の卵子は、年齢と共にその受精能力が衰えるのは避けられません。年齢とともに卵子の機能は低下するからです。

しかし、男性の精子は年齢にはほとんど影響されないのです。精子が排出さえできれば、その精子自体の働きは年齢には左右されないのですね。男性側がいくつになってもその気になれば子供が作れるというのはこういう理由からです。

江戸時代の初婚年齢

年齢が若いと妊娠しやすいというのは既知の事ですが、驚くことに江戸時代はとても初婚年齢が低いのです。男性で17~18歳前後、女性だと14~15歳位だったと言われています。

もちろんもともとの平均寿命が低い(50~60前後)のですから、早い段階で子供を産み育てるといった感覚は当然かもしれません。この傾向は特に農村部では顕著で、早い女性だと13歳で輿入れという事も珍しくなかったようです。

貧しい農村では子供が無事に成人するのもひと苦労、できるだけ多く産んでいたいという事が理由だったのでしょう。ただ、ここでも不妊症という事を考えると、このような昔の人はどのようにこの事実を乗り切っていたのでしょうか。

わりとさっぱり?江戸時代の不妊事実

現在のように先進的な医療も無く、女性側だけが一方的に原因があると考えられていた昔の時代、さぞかし子供のできない女性の悩みは深刻だったもの考えられます。確かに子孫ができないために離縁されて泣く泣く出戻りというケースは多かったと思われます。

特に貧しい農村では今のように食糧事情も良くなかったでしょうし、もしかすると現在以上に不妊症という症状は多かったのかもしれません。しかし、江戸時代の初婚年齢は先ほども申し上げたように、男女ともかなり低かったのです。

ですので、3年ほど夫婦生活を続けていて子供に恵まれなかった場合でも、あっさりと次のパートナーへという風潮も理解はされていたようですね。

もちろん初婚に比べるとお相手の条件は下がる可能性もありますが、子孫を残すというのが第一目的であった時代ですので、これもありなのでは?と柔軟にとらえていたのかもしれませんね。

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