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お月見からはじまる恋愛!秋の夜に彼と本気の恋する方法

Date:2013.11.17

美しい月を眺めるお月見の始まりって、古来の中国かららしいのですが、日本では平安時代から「観月の宴」として催されていました。

旧暦の8月あたり(仲秋)は、古来からお月見に最も適した時節とされ、平安貴族の間では月を眺め、歌を詠み、舟遊びをして宴を愉しんでいました。

村上天皇が宮中のイベントとして「観月の歌会」を開いたのが最初と言われています。風情ある月の下で、恋歌を詠み交わし、平安貴族たちの恋は始まったのかもしれませんね。

秋は、恋の始まりの季節です

秋は空気が乾燥して、月が鮮やかにクッキリと見えます。夏の暑さもひと段落して、さほど寒くもないので、屋外で月を鑑賞するのにも最も適した季節とされています。

平安の時代より、中秋の季節が観月(月見)には一番とされており、「観月の宴」を愉しむ季節、恋の始まる季節だったんですね。

「観月の宴」の場でも、月を愛で、和歌を詠み、演奏を愉しみ、管弦曲や雅楽を互いに演奏し合い、腕前を競ったそうです。秋になると、涼しさと共に人恋しくなるというか、秋風とともに人肌恋しくなる・・・ってのも、平安浪漫だったりしそうです。

水面に映る月を愛でる

空に輝く満月も美しい季節ですが、平安貴族たちは水面に映る月を、こよなく愛していました。水面でゆらめき、表情を変える月の美しさは、儚さも感じさせますし、平安貴族たちは秋の風情を感じたのでしょうね。

舟遊びをしながら、水面に揺れる月を楽しむ・・・なんて、「いとをかし」ですねぇ~。日本では、旧暦8月15日(八月十五夜)と、旧暦9月13日(九月十三夜)の月を、「十五夜(じゅうごや)」「十三夜(じゅうさんや)」呼びます。

平安時代には、中秋の月「十五夜」を見て、後の月「十三夜」を見逃すことを「片見月」と言って、縁起が悪いとされていました。

でも、十五夜に空に輝く月と水面に映る月、両方の月を見ることにより、2つの月を見たことになり、「片見月」を避けられるという習わしです。その意味もあり、水面に映える月を特に愛でたというのもあるようです。

村上天皇の「観月の宴」が、日本初のお月見会

日本のお月見の元祖とされている村上天皇は「観月の歌会」で、こんな歌を詠んだと言われています。

「月ごとに見る月なれどこの月の今宵の月に似る月ぞなき 村上天皇」

毎月のように眺めている満月だけど、旧暦8月の中秋の夜に眺める満月は、他の月の満月とは格が違う・・・って意味ですね。この歌により、宮中では「中秋の名月」を「特別な月」として、愛でるようになったと言われています。

宮中では、季節の移ろいを感じるような、大切な恋愛イベントだった・・・ということになるのでしょうかね。

光源氏のお月見は?

平安時代の恋愛事情といえば、やっぱり源氏物語は外せませんよね。宮中きってのプレイボーイである光源氏のお相手の中には、朧月夜(おぼろづくよ、おぼろづきよ)という、源氏物語の作中では珍しいタイプの艶やかで奔放なセクシー系?の女君がいらっしゃいます。

平安の世の朧月(おぼろづき)のイメージは、怪しい妖艶な魔性のものだったのかもしれません。その朧月夜との関係発覚が、右大臣と弘徽殿大后の怒りを買って、光源氏が須磨へ流されるの一因となったのも、惑わせる、迷わせるイメージを連想させますね。

秋風が吹き、荒波が寝床までも打ち寄せてくるような、寂しい須磨の地で、憂愁の日々を過ごす光源氏も、都を思い月を眺めて「今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊恋ひしく・・」と嘆いたとされています。

そんな光源氏を癒してくれたのが、須磨の月であり、明石の君だったというのも、また不思議な月のめぐりあわせでしょうか。

お月見スポットは、恋愛スポット

平安初期には、京都の嵯峨離宮(現在の大覚寺)の庭園に、日本で最古の人工池「大沢池」が造られて、嵯峨天皇や貴族たちが船を浮かべて、雅な観月の宴を催し、舟遊びに興じたと伝えられています。

現在でも、大覚寺の大沢池では「観月の夕べ」が開催され、池に舟を浮かべる優雅な観月会は、毎年多くの風流人でにぎわっているようです。

江戸時代には、海辺の芝浦や隅田川、不忍池など、水に映る月も眺められるような水辺のお月見スポットは、特に人気があったようです。

やはり、空も、水面に映った揺れる月も、あわせて鑑賞するのが「月見の通」の愉しみ方で、日本人ならではの美意識なのかもしれません。

夏の花火大会だけでなく、秋のお月見も、恋愛イベント、デートコースとしては、新しいかもしれませんね。

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