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人生の転機はどん底だった!!彼女たちを駆り立てた出来事、実例

Date:2013.08.12

時に訪れる、人生のどん底。あとから振りかえれば、「あの時があったから、大きな夢を抱くことができた」「あの時に決心したから頑張れる」など、自分を支える大きな指針となる事も少なくありません。

そんなどん底を経験し、今は前を向いてキラキラと生きている素敵な女性達を紹介していきたいと思います。

アメリカ人彼氏との子供を諦め、リゾートエステで独立した女性

Aさんが、最初に彼に出会ったのは地元沖縄のクラブでした。数回顔を合わせているうちに、一緒に遊ぶようになり、言葉の壁を越えてお互い恋に落ちました。

Aさんは、なぜか子供の頃からアメリカへの憧れが強く、「ハーフの子供を産む」などと発言していました。しかし、Aさんの両親は、沖縄という事もありアメリカ人を毛嫌いしていました。

そんな中、彼氏との写真を両親に見られてしまい、彼を選ぶなら勘当すると親に告げられます。しかし、Aさんは憧れのアメリカ人の彼氏に夢中で、ついには彼の子供を身ごもってしまったのです。

そんな中、彼の沖縄での任期が終わりに近づきます。親に歓迎されない彼と、彼の子供。彼女自身もエステで独立する夢がありました。

「産んでもいい」という彼と無理やり別れ、彼をアメリカに返し、彼女は子供を産まないことを選択します。そのまま彼女自身、当時働いていたエステの会社の転勤で、チーフとして東京へと旅立ちました。

その後、転勤先で出会った沖縄の人と結婚、二人の子供に恵まれました。彼女は自分のサロンを持ちたい一心で、結婚式も上げず、貯金をコツコツと貯めて頑張りました。

10数年後、地元沖縄に帰ってきたAさんは、海辺の美しいローケーションにサロンを持ち、頑張っています。土地柄、沢山のアメリカ人の友達や顧客もできました。

Aさんの原動力は、産む事のなかった子供にあります。今頃生まれていたら何歳で、どうしていてと、事あるごとに頭をよぎります。

子供ではなく、自分の夢を優先させた事が彼女の心残りとなり、生まれる事のなかった子供のためにも成功しなくては、とそれを原動力に頑張れているんだそうです。

親の借金を返済しおえ、今では夢の自宅サロンを持った女性

Bさんはブラジルで、日系4世として生まれました。父の仕事がうまくいかず、彼の出身地である沖縄に、移り住んできたのが9歳の時でした。

今までブラジルで、ブラジル人として生活してきたのですが、いきなり日本の学校に入れられ、見た目は日本人なのに、まったく言葉が分からず、毎日泣いていたそうです。

高校生になると、自分の行きたい高校は家から少し離れていたため、部活動を諦め毎日バイトに明け暮れます。バス代を自分で稼ぐためでしたが、バス代をのぞいては全て家にお金を入れていました。

当時、彼女は高校生にして月に12万円ほど稼いでいたといいます。時給の低い沖縄でこの金額は、相当頑張らないと行かない金額だと思います。これだけ稼いでいたにも関わらず、いつもお金のないイメージが付きまといました。

二十歳で親の借金で追われる羽目に

二十歳になる頃、バイト先で親に待ち伏せをされます。借金をする際に名前を貸してほしいとせがまれ、その足でプロミスに契約をしに行く事になりました。彼女の名前で借金は繰り返され、バイト先にも取り立ての電話がかかってくるようになりました。

彼女は、沖縄では稼ぐことができないので、茨城県の工場に季節労働にでかけます。そこで、お金を稼ぎ家の為に仕送りをしていました。この時、彼女は東京の大好きな花屋めぐりをしたり、ブーケの講座に参加したりして、花屋になる夢を膨らませます。

22歳になる頃、沖縄に帰ってきた彼女は夢の花屋さんで働き始めます。しかし、それだけではお金が足りず、夜はレストランでも働きます。どちらの仕事も、休みが週に1度だけ、しかもどちらの休みの曜日も違うため、丸1日休みだった事はありませんでした。

限界な時、アロマとの出会い

相変わらず、借金の取り立ての電話は続き、精神的にも、体力的にも限界に達したとき、働いているレストランの奥さんの計らいで、アロマ療法を受けました。ラベンダーのアロマを垂らした温タオルを目の上に乗せてもらっただけでしたが、涙が止まりませんでした。

その時彼女は、大好きな花や、植物を使ったアロマというものに出会い、その魅力にとりつかれました。

花屋での仕事が重労働だった事もあり、花屋での仕事を辞め、アロマのお店に転職します。そのお店は、当時では珍しく、メディカルなアロマ療法をやっていたため、重いアトピーの人や、精神的病気を抱えた人が多くやってきました。

重い病気を抱えたお客さんが、アロマで元気になっていく例を、いくつも見る事になりました。

借金の過払いで自ら調停に

この頃、当時ではあまり聞かなかった、「借金の過払い」というものを教えてもらい、彼女は自ら勉強をします。弁護士を雇うお金もないので、自分で資料などをそろえ、調停に立ちました。

高い利息を取られ続け、これを申し立てたために、もし勝訴すれば、800万ある借金がゼロになるどころか、払いすぎた分のお金が返ってくる予定でした。金融会社は、過払い金の払い戻しをしたくないがために、和解を申し込んできました。

が、完全にブラジル人として何もわからないまま、日本にやって来た日系人の母親は、お金がないときにお金を貸してくれた、金融会社に感謝をしており、和解を受け入れるようにと言い出しました。

Bさんと母親は口論になりましたが、Bさんが折れる形で、金融会社からの和解の申し込みを受け入れました。結局、800万円あった借金は150万円にまでしぼむ形で調停は終了しました。

27歳の時、東京のアロマの専門学校に通うため、再び彼女は名古屋に季節労働に出かけます。家への仕送りをしながら、専門学校にいくお金を貯めました。借金も返し終わり、専門学校を卒業した彼女は沖縄に帰ってきました。

今では、素敵な旦那さんと結婚し、自宅に自分のアロママッサージのお店を持っています。現在は、まだ地元のお客さんに向けてしか展開していませんが、一度来てくれたお客さんは必ずリピーターとして、戻ってきてくれているそうです。

今後は、観光のお客さんも取り入れて、どんどん発展していく事が夢だそうです。

もともと、看護師になりたかった事もあり、医療的なアロマの力に魅力を感じている彼女は、アロマを使って人々が心や体の健康を取り戻していく様子が好きで、お客様の喜ぶ顔や、改善が原動力になっていると言っていました。

借金を抱えていたにもかかわらず、好きだった花屋で働く夢や、アロマのお店を持つ夢など、次々に彼女は夢を叶えていきました。仕事を掛け持ちして、休みがなかった日々にも、大好きなボディーボードをやっていたといいます。

このように、今ある状況のせいにせず、自らの人生に妥協しなかった彼女は、今は自分の望んだ事は全て実現できる自信をつけたのでは?と感じます。

また、自らの体験により、人々の幸せを心から望み、セラピストとして人の痛みのわかる素敵な女性として、現在もキラキラと前を向いて頑張っています。

努力や、苦労は魅力に生まれ変わる

いかがでしたか?人生の荒波を乗り越えて、夢を持って生きる女性と一緒にいると、自分自身も頑張ろうという気になります。また、彼女たちの苦労は魅力となり、強さとなっている事は間違いありません。

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