• 美容
  • ライフスタイル
  • 健康
  • ファッション
  • スピリチュアル
  • DIY女子部
  • 恋愛
  • 大人の美学

20歳を過ぎてからの「本当の自分」を探さないという幸せの定義

Date:2012.10.19

この記事のタイトルとURLをコピーする
20歳を過ぎてからの「本当の自分」を探さないという幸せの定義|女性の美学
https://josei-bigaku.jp/siawaseteigi44005/

「探す」と「つくる」

本当の自分がいると思っているということは、ウソの自分がいるということでしょ?
で、おそらく、今の自分がウソの自分だと。そう思っているから「本当の自分」を探したくなるんだと思います。

ホントは、もっと自分の意見を堂々と人前で披露できて、毎日が楽しくて、やりたい仕事が出来ている…私が思い描くそんな私に対して、現実の私は、人前で自分の思うことも言えず、人にあわせてばかりで、したい仕事にもつけずに、毎日がつまらない。

ああ、本当の私はどこにいるの?こういうことですよね?あまり夢のない答えを先に言ってしまうと、本当の自分って、探すものではなくて「つくる」ものなんですよね。

で、たいていの「ホントの自分探し」をしている人って、本当の自分とは探すものじゃなくて「つくる」ものだということを知っているんだと思うんです。口に出して言うか言わないかは別にして、心の中ではそう思っているのです。

結局、新しい職場に移って、ホントの自分らしくなりましたとか、新しい彼が出来てホントの自分に近づきましたとか、そう言うでしょ?

それは新しい職場があなたを変えるきっかけになってくれたし、新しい彼があなたを変えるきっかけになってくれたという理由もありますが、新しい職場に出会えるように努力をしたあなたがそこにいるんですよね。

新しい彼に出会えるようにきれいになろうとか、いつも姿勢良くしていいオンナに見られるように努力をしたあなたがそこにいるんですよね。

環境と気持ちのバランスを求める

本当の自分を探している人の多くは「今の環境が自分にあっていない」と思っています。いま通っている学校が私にあわない。いまの職場が私にあわない。そこにいる自分がイヤだ。ああ、ホントの私はどこ?という具合に。

努力が実を結んで、18歳で行きたい大学に行ける人もいます。一浪するのは不本意だし本当の私ではないけれど、一浪して行きたい大学に行く人もいます。それでもやっぱり行けない人もいます。

そういう人は、不本意だと思う職場に就職してしまうか、適当な大学に入って、適当に4年間をやりすごすか、仮面浪人をして自分が行きたい大学をあくまでも追求するか、どれかの選択肢を選ばざるを得ません。

10代は短いし、20代も短いのでとにかく自分が納得のいく選択をしようと思うかもしれませんが、しかし人生は長い。長い人生から10代や20代を振り返った時に、どの選択肢でも結局おなじ…というふうに見えます。

どの選択肢を選んでも行き着く先はおんなじなのです。自分が選んだ選択肢の中で一所懸命やらないと「本当の自分」とやらに出会えないということを発見しさえすれば、どれもおなじ選択肢です。挫折からどう這いあがるかということです。

這いあがり方は人それぞれです。しかし、這い上がるには多少なりとも、自分が置かれている環境と自分の気持ちの折り合いをつけないといけません。それができれば、どこでなにをやっていても、最終的に辿りつくのは同じ場所です。

あなたがどこに居ても、「自分のためにがんばらなくっちゃ」と思えるようになれば、あなたはあなたの幸せが約束された場所に辿り着きます。

輝く私のつくりかた

20歳を過ぎたら、本当の自分を探さない。つくる努力をする。つくる努力ができる環境を選んで、そういう環境に自分を置く。そうしたら、自然と幸せになれます。

本当は高校を卒業した時点で、自分の環境は自分で選んだほうがいいと思いますが、今の時代は大学に行くことが高校に行くみたいに当たり前になっているので、成人を迎える20歳くらいで、やっと自分の環境を選べるのではないでしょうか?

それまでは、両親の手前、一応大学に行っておこうとか、みんなが大学に行くから一応…という考え方をどうしてもしてしまいます。

そういう考え方は、あまり良くはないのですが、世間体というものをよく知ることも、大人になるうえでは大切なので、なんとなく流されて生きる…という経験も必要かと思います。

20歳を過ぎたら、高校生のように不自由ではありません。高校生は親と学校の管理下に置かれますから不自由です。高校生は、好きな時間に起きて好きな時間に学校に行くことが許されていません。

20歳を過ぎたら、もう自由です。本当の自分をつくれる場所に、自分の身を置きましょう。自分が頑張れる環境を自分でつくれば、あとは放っておいても人は努力をするようになります。やるなと言ってもコツコツと自分のために努力をします。

今までなんとなく大学に行って、なんとなくコンビニでバイトしていたけれど、洋服が好きだからアパレルショップでバイトをする…というような、具体的な生活の変化が起こります。

細かい作業につまずかない

アパレルショップは見た目は華やかですが、朝から晩まで立ち仕事です。バックヤードでの作業は重労働です。洋服って1枚だと軽いんですが、20枚とか束になるとかなり重たいものです。それを運ぶのもバイトの仕事です。

そういうキツイ仕事をしていれば、たまに店舗に顔を出すアパレルメーカーの本社のスタッフは非常に華やかに見えると思います。私も本社で働きたいなと思うと思います。

なんなら本社のプレス勤務になって、有名な雑誌社とお仕事がしたいなと思うと思います。一気にはできません。みんなアルバイトの重労働から順番に成長してきたと思ったほうがいいでしょう。

どんなに好きな仕事だって、その仕事を1つ1つ見ていくと、その中に、こんなことやってなんの意味があるの?と思える仕事があります。そういう仕事につまずかない。つまずかないどころか、そういう仕事に手を抜かない。

なぜなら仕事の本質はなんでもないディテールに宿っているからです。ディテールをおろそかにすると、仕事の本質がいつまでたっても見えません。本質が見えないと仕事は楽しくなりません。好きな仕事でも、「シンドイから、もういいや」になります。

そんなことを繰り返していたら、いつまでたっても「ああ、本当の私、どこ?」という思考から抜け出せません。

そもそも仕事とは「事」に「仕える」から仕事であって、楽しく一所懸命仕えるから良い仕事がまわってきて、「本当の自分」に自分が辿りつきます。その先にもっと素敵な自分が待っています。事に仕えましょう。

彼氏に尽くすのと同じです。彼、尽くしてあげたら喜ぶでしょ?彼がよろこんだら、彼、一所懸命バイトして、あなたのことを守ってあげようと思ってるでしょ?

事に仕えると、掛け値なしの、風通しの良いギブアンドテイクが生まれます。そのグッドスパイラルのなかであなたはもっと素敵な女性になります。

この記事のタイトルとURLをコピーする
20歳を過ぎてからの「本当の自分」を探さないという幸せの定義|【女性の美学】
https://josei-bigaku.jp/siawaseteigi44005/

この記事をシェアする

関連記事

コメント