幸せ言語「ピダハン語」に幸福の秘訣を学び、笑顔素敵女性に
Date:2019.05.29
あなたは今幸せですか?毎日、楽しく笑って生きていますか?過ぎたことをくよくよと悩んだり、将来のことを思って不安になったりしていませんか?人の噂や評価を気にして、ストレスを抱えて生きていませんか?
暗い顔をしていては、せっかくの魅力も半減してしまいます。一度きりの人生、どうせなら毎日笑顔で過ごしたいものです。
人はなぜ、不安や不満やストレスなどを抱えてしまうのでしょう。なぜ幸せを実感できずにいるのでしょう。
そのヒントは「ピダハン族」の生き方に隠されているかもしれません。笑顔の絶えないピダハン族に幸せに生きる秘訣を学びたいと思います。
ピダハン族の生き方に学ぶ、幸せに生きるためのヒントとは
ピダハン族はブラジルの奥地、アマゾンに住む少数民族です。常に「今」「ここ」に生き、自分の目で見たもの、体験したことしか信じません。
そもそも、ピダハン族が話す「ピダハン語」には、未来や過去を表わす時制の言葉がほとんど存在しません。過去を悔やんだり、未来を憂いたりする言葉自体が存在しないのです。
本当かどうかわからない噂話や、心配しても仕方がない未来、変えようのない過去。考えても意味がないことを一切排除して生活するピダハン族は、高度な文明や便利な生活を手に入れた私たちよりずっと、よく笑い、幸せなのだそうです。
ピダハンの人たちの生き方に、幸せに生きるためのヒントを探してみましょう。
過去を悔やまない!後ろを振り返らない!
ピダハン語には過去形が存在しないため、過去にあった出来事を振り返ることがありません。過ぎ去った出来事を、いつまでもくよくよと悩むことがないのです。
また、過去の成功体験にいつまでもしがみつき、「あの頃は良かった」などと思い出に浸ることも、「それに比べて今は…」と現状を嘆くこともありません。
過ぎたことは過ぎたこと。いくら考えても変えることはできないし、過去に戻ることもできないのです。
どうにもならないとわかっていながら、過去の出来事に頭を悩ませている人の、どれほど多いことでしょう。ピダハン族に習い、過去を振り返らないようにすれば、日々の悩みはぐっと減るに違いありません。
今を未来のために消費しない!将来を心配しすぎない!
ピダハン語には未来形も存在しません。先のことを心配したり、将来を憂いたりすることがありません。「備えあれば憂いなし」の心が根付く日本人とは真逆とも言えます。
日本人は心配性な人が多いため、将来に備えて勉強したり、貯蓄したり、起こるかどうかわからないトラブルを想定して準備したりと、未来のために日々の時間を費やすことが多々あります。
備えはあるに越したことはありませんが、どうなるかわからない未来に重きを置きすぎて、肝心の「今」を楽しむことができなければ、それはそれで幸福度の低い人生になってしまいます。
未来に目を向けすぎている人は、「先のことは今考えてもわからない」と割り切るところは割り切って、今現在を充実させることに力を注ぐようにしてみては?
ただ、こちらも行き過ぎは禁物です。「今」しか見ないピダハン族の生き方には備えがない分、望まない出来事が目の前に現れても逃げずに受けとめる、潔さや覚悟が必要になります。
自分の目で見たものしか信じない!
ピダハン族は、「今」そして「ここ」に生きています。目の前にあることがすべてです。自分の目で見たものしか信じません。これは、ぜひとも真似したいところです。
女性は特に噂話が好きですが、噂を信じて行動してしまうと、ときにトラブルに巻き込まれることになります。
友達から伝え聞く噂、よく知りもしない人が話した情報に、いちいち振り回されないようにしましょう。話を伝えてくれた友人が信用できる人でも、伝言ゲームのようにどこでどう言葉が変化しているかわからないのです。
ピダハン族のように「今」「ここ」を生きるために気をつけたいこと
私たちはピダハン語を話すことはできませんし、ピダハン族のような生き方をそっくりまねることもできません。でも、ピダハンの人たちを見習って、今という時を大切に生きることはできます。
「今を生きる」ため、「今」「ここ」に集中して充実した人生を送るため、毎日の生活の中でできること、日々気をつけるべきことを考えてみましょう。
言語が民族性をつくる?言葉を意識した生活を!
日本人は自己主張が下手、白黒はっきりつけるのが苦手、などとよく言われますが、日本語自体が自己主張しない、曖昧な表現の多い言語だと思いませんか?主語が省略されたり、遠まわしな表現が多かったり。
元々は環境や文化による「必要性」から言葉は作られていったのだと思いますが、言葉が民族性に与える影響もまたあるのではないでしょうか。
実際、ピダハン語のように過去や未来に思いを馳せる言葉がないならば、そもそも思い悩むことすらできないわけですから。
今更話す言語を変えることも、日本語から未来や過去を消すこともできませんが、まずは、日頃使用する言葉に制限を設けるところから。「マイナスな感情へと続く言葉は使わない」など、禁止ワードを決めましょう。
- たら・れば
- 「あのとき~していれば」「もし~していたら」など、過去を思い返す表現をやめる。
- もし・仮に
- 起こるかどうかわからないことを「もし~してしまったら」と不安を掻き立てたり、逆に「もし~できたら」と夢のような展開を妄想したり。不確定な未来に思いをはせる言葉も使わないようにする。
日常で使う言葉を意識することで、過去や未来につながる悩みを減らせるように頑張ってみましょう。
未来や過去へ意識が飛びそうになったら「今」「ここ」と唱える!
老後のことを心配して貯蓄する、過去の失敗をいつまでも引きずるなど、人生における広い意味での「今を生きる」こともそうですが、日常の中で「今この瞬間」を意識して生きることも大切です。
今やるべきことがあるのに、ふと数時間後のことを考えたり、数日前のことを思い出したりすることはありませんか?
目の前のことに集中したいのに、あれもこれも気になって、結局集中できずに時間ばかりが過ぎてしまう。そんな日はありませんか?
そんなときもピダハン的思考です。常に「今」「ここ」という気持ちを持つようにしてください。長年の思考パターンは、よほど強く意識しなければ変わりません。
目の前のことから気持ちが離れそうになったら、「今」「ここ」!そう、心の中で唱えるようにしてみてください。キーフレーズを持つことで、「今」に気持ちを引き戻しやすくなりますよ。
移り行く「今」に臨機応変にフォーカス!
毎日の生活の中で、作業が思うようにはかどらないことがあると、ストレスを感じたり、イライラしたりしますよね。
今日中に終わらせなきゃいけない作業があるのに、電話がかかって来たり、上司に別件の割り込み作業を頼まれたり、雑務が発生したり。
後少しで、家の用事がキリのいいところまでできそうなのに、学校から子供が帰ってきて話しかけて来たり、あれしてこれしてと頼んで来たり。
そんなふうに誰かに邪魔をされたら、目の前の「今」に集中したくてもできない!と思うわけですが、この場合、別のタスクが発生した時点で、そのタスクが「今やるべきこと」にシフトします。
うまく心を切り替えられずに、前の作業に心を残すから「邪魔をされた!」とイライラするのです。
確かに中断した作業は気がかりですが、気に病んだところで何も変わりません。割り込みタスクが無視できないものなら、どうせ作業しなくてはいけないものなら、サッと頭を切り替えて、そのタスクに集中しましょう。
自分の心を新たなタスクにフォーカスし直すことで、邪魔が入ったという雑念やイライラは消え、結果、タスクも早く完了できます。作業を頼んだ側も満足のいく結果となります。
晩御飯時にはもう忘れていたり、子供自身、どうでもいい気持ちになってしまうこともあるからです。
家事仕事でもそう。後回しにした用事は手つかずのまま、忘れられがちになります。「後回しにする=どうでもいい」という扱いになってしまうのです。
タスクは発生したら、その都度処理する。その都度、フォーカスを切り替える。「今」「ここ」を大切にし、取りこぼすことがないようにしましょう。
ピダハンの「今を生きる」姿勢を私たちなりに上手に取り入れて
ピダハン族のように今この瞬間を生きることができたなら、ありのままをありのままに受け入れることができたなら、私たちも心穏やかに、満ち足りた人生を送ることができるのではないでしょうか。
不安や不満で顔が曇ってしまわないように。自分や人を傷つける言葉は排除して、シンプルに生きられるように。過去や未来に囚われず、「今」を幸せに、笑顔で生きられるように。できることから始めてみましょう。
実は、独特な言語や文化を持つピダハン族にも、数年前から少しずつ変化が起きてきています。ブラジル政府の介入により学校ができ、ピダハンの子供たちはポルトガル語を学んでいるとか。
言語が変わることで、彼らの生き方も思考も変わりそうで心配です。変わらざるを得ないものもあるのでしょうが、ピダハンの良い面が失われませんように。
そして、私たちも日本語や日本文化の良い面は良い面で残しつつ、ピダハン族の素敵に今を生きる姿勢を取り入れることができれば良いですね。
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