味覚障害の原因と治療方法。亜鉛欠乏だけでなくうつや腫瘍の可能性も
Date:2016.10.17
「味がしない」
「何を食べても苦い味がする」
などの症状が出る味覚障害。
折角作ったお料理や、ずっと行きたかったレストランで食べたディナーが何の味もしなかったら、悪い味しか感じられなかったら、それはどんなに悲しい事でしょう。
1日3回の食事や間食の習慣をもつ私たちにとって、味覚が生活の質を保つ上でどれほど重要なものかは、言うまでもありません。
亜鉛不足が味覚障害の原因となることは、既にご存知の方も多いと思いますが、原因はそれだけではなく、深刻な病が原因となることも。
直接命に関わらないからといって、味覚障害を甘く見てはいけません。
年々増加しているとも言われる味覚障害。この記事では、味覚障害の原因と治療について、詳しく見ていきます。
この記事の目次
味覚障害は20~30代でも発症する!女性に多い疾病
味覚障害とは文字通り、何らかの原因により味覚に異常を来す疾病です。50~70代の壮年期の方に多いのですが、20~30代でも発症します。
また、原因は不明ですが、全ての年代で女性に多く発症することが解っています。
一口に味覚障害といっても症状の現れ方は様々で、
- 味の感じ方が鈍くなる(味覚減退)
- 何の味もしなくなる (味覚消失・無味症)
- 甘味などの特定の味だけが解らなくなる (解離性味覚障害)
- 本来の味ではないはずの味がする (異味症・錯味症)
- 何を食べても嫌な味がする (悪味症)
- 味が濃く感じる (味覚過敏)
- 口の中に何も入れていないのに味がする (自発性異常味覚)
などに分類されます。
また、上記の症状が舌の左右どちらか側でだけ起こる状態を、特に片側性味覚障害と言います。
味覚を認識するプロセスに不具合が生じると味覚障害が起こる
私たち人間は、甘味、塩辛味、酸味、苦味、うま味を感じる事が出来ます。
これらの味をそれ通りに感じるためには、
- 味物質が舌の味覚受容器に届く
- 味覚受容器が味の情報を電気信号に変換する
- 電気信号が神経を通って脳に送られる
とういプロセスが正常に働く必要があり、どれか一つにでも不具合が生じると、味覚障害が起こります。
上記のプロセスと、それぞれの段階で起こる味覚障害のしくみを、もう少し詳しく見ていきます。
- 味物質が舌の味覚受容器に届く
- 味覚受容器が味の情報を電気信号に変換する
- 電気信号が神経を通って脳に送られ、識別される
私たちの口の中には、約8,000~10,000個の味蕾(みらい)と呼ばれる味覚の受容器が存在します。一つの味蕾は、数十個の味細胞とそれらを支える支持細胞から成っています。
味を認識する最初のステップは、この味蕾の表面にある味孔という小さな穴に、食品中に含まれる味に関係する化学物質(以下味物質)が入り込むことですが、味物質はそれ単体では味孔に入る事は出来ず、唾液と混じり合って溶液になることが必須です。
つまり、唾液の分泌量が少なすぎると、味を正常に感じる事が出来なくなるという事です。
また、唾液には抗菌,殺菌作用があるので、分泌量が低下すると味孔内に細菌や食べカスが入り込み、味物質が入るのを阻害してしまいます。
味物質が味孔に入り込めたとしても、味の情報を電気信号に変換する味細胞の機能が正常でなければ、味を感じる事は出来ません。
味細胞は非常に新陳代謝の活発な細胞で、10日間で新しい細胞に生まれ変わると言われています。しかし、何らかの原因で新陳代謝が遅れたり、味細胞自体が損傷を受けたりすると味覚障害が起こります。
味細胞が変換した電気信号は、舌の前側2/3では舌神経-鼓索神経-顔面神経、後ろ側1/3で舌咽神経を通って大脳へ伝達され、味として識別されます。その情報はさらに大脳内で視覚や嗅覚、触覚などの情報と統合され、ものの味として認知されます。
この経路が、疾病や外傷などにより傷害されると味覚に異常をきたします。
素人判断は禁物!多種多様で複雑な味覚障害の原因
それではいよいよ、味覚障害の原因について詳細に見ていきます。味覚障害の原因は実に多種多様で複雑。素人判断は禁物です。
出来る限り詳しくご紹介しますが、あくまでも“参考程度”になさってくださいね。
亜鉛欠乏性味覚障害
味細胞の新陳代謝が非常に活発であることは先に述べましたが、それに不可欠な栄養素が亜鉛です。
亜鉛が欠乏すると味細胞の生まれ変わりが遅くなり、機能が低下すると言われています。
- 偏食
- 食事制限
- 食品添加物の過剰摂取
- 神経性食欲不振
- 完全静脈栄養
などが亜鉛摂取不足の原因となります。
なお、成人した日本人の1日あたりの亜鉛所要量は、8~15mgとされています。
薬剤性味覚障害
他の病気の治療の為に飲んでいる薬が亜鉛の代謝に悪影響を与え、結果として味覚障害が発症します。
このような機序で起こる味覚障害を薬剤性味覚障害と呼びますが、原因となる薬はなんと200種類以上あるとされます。
催眠鎮静薬、精神神経用薬および循環器官用薬などが含まれますが、詳しい薬品名は、厚生労働省がまとめている薬物性味覚障害の対応マニュアルに掲載されていますので、気になる症状がある方は見てみるのもいいでしょう。
http://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1s01.pdf
全身性味覚障害
様々な疾病が原因で亜鉛欠乏が起こり発症する味覚障害を、全身性味覚障害といいます。
具体的には、
- 腎不全,肝不全,糖尿病による尿中の亜鉛排泄増加
- 肝不全,慢性膵炎,消化器系疾病による亜鉛吸収能の低下
- 腎不全治療のためのタンパク質摂取制限
があります。
心因性味覚障害
うつや転換ヒステリーなどの
- 心身症
- 神経症
において現れる様々な全身症状の一つとして、味覚障害が起こる場合があります。
心因要因による唾液分泌機能低下によって引き起こされることもありますが、それ以外のメカニズムでも発症するようで、詳しいことは解っていません。
口腔粘膜疾患
舌炎や口腔乾燥症などの疾病により、味物質の運搬が阻害されたり、味蕾の萎縮が起こったりすることで味覚障害が起こります。
- 舌炎
- 舌炎の代表的なものには、舌カンジダ症とプランマー・ヴィンソン症候群があります。
舌カンジダ症とは…
カンジダという真菌(キノコ,カビ,酵母の仲間)の一種による疾病で、洗浄していない入れ歯を使用することや、抗菌剤の長期投与、免疫不全などの原因によって発症します。プランマー・ヴィンソン症候群とは…
鉄欠乏性貧血によって引き起こされる、40代以降の女性に多い疾病です。舌の表面が平滑になり味覚障害が起る他、口角炎が併発したり、食べ物を飲み込むと痛い,飲み込めないといった症状を伴ったりします。口腔症状の他には、爪がスプーン状に変形したり、動悸,息切れ,倦怠感といった貧血の症状も出たりします。
- 口腔乾燥症
- 加齢による唾液細胞の減少や、ストレスやうつなど心因要因による交感神経の刺激で唾液の分泌量が減り、口腔乾燥症となる事があります。
また、
- 抗ヒスタミン薬
- 抗コリン薬
- 精神神経用薬
- 降圧剤
- 気管支拡張薬
などの薬は、唾液の分泌を抑制します。
さらに、シェーグレン症候群という疾病でも、口腔乾燥症による味覚障害が起こる事が知られています。
シェーグレン症候群とは…
40歳以上の女性に多い自己免疫疾患の一種で、口腔乾燥症の他に乾燥性結膜炎がみられます。また、慢性関節リウマチや、全身性エリテマトーデスなどの他の自己免疫疾患を合併する事もある病気です。
放射線治療
口腔癌や咽頭癌の治療として行われる放射線治療の副作用として重篤な口内炎が起こり、それに伴い重度の味覚障害が起こります。
通常は3~4週間で自然に治ります。
末梢神経障害・中枢神経障害
- 舌,咽頭部の悪性腫瘍手術
- 中耳や扁桃の手術
- 外傷
- 顔面麻痺
などにより末梢神経が、
- 脳梗塞
- 脳出血
- 脳腫瘍
- 頭部外傷
などにより中枢神経が侵された場合に、傷害した箇所によっては味覚障害が起こります。
風味障害(嗅覚障害)
風邪やインフルエンザなどのウイルス感染症などが原因で、実際には嗅覚に問題があるのに、味覚に異常があるように感じる場合があります。
特発性味覚障害
各種検査の結果、上記の原因が否定された原因不明な味覚障害の場合、特発性味覚障害と診断されます。
ただし、実際は亜鉛による治療が有効な場合が多いため、不適切な食事が元となった、検査では評価しきれないレベルの潜在性亜鉛欠乏が原因ではないかと推察されています。
どうでしょうか。味覚障害の原因が実に多様である事がお解りいただけたかと思います。
しかし、上記の原因のうち、
- 亜鉛欠乏性味覚障害
- 薬剤性味覚障害
- 全身性味覚障害
- 特発性味覚障害
で亜鉛欠乏が関係しており、全体の70%程に及ぶとされています。
また、残り約30%のうち約10%は心因性味覚障害によるもので、この割合は年々増加傾向にあるとも言われています。
その他の原因については稀ですが、
- 腫瘍
- 自己免疫疾患
- 深刻な貧血
などが原因となっているかもしれないということは、是非覚えておきたいところです。
血液検査から心理テストまで 原因が多様なら検査も多様
病院嫌いの方のために、検査についても見ていきます。場合によってはかなり沢山の検査をする事になりますが、知っておけば怖さも和らぐのではないでしょうか。
尚、受診する科は耳鼻咽喉科や歯科が一般的です。
- 問診
- 病状や経過、疾病,服薬の有無などについて
- 視診
- 舌の異常,口腔乾燥の有無
- 味覚機能検査
- 甘味,塩辛味,酸味,苦味のついたろ紙を舌の上に置いて味の感じ方を評価
舌の先や根元に弱い電流を流し、神経障害の判定
など
- 血液検査
- 亜鉛を始めとする微量元素の量
貧血の有無
腎機能,肝機能,糖尿病検査
など
- 唾液分泌検査
- 味のないガムを10分間噛み続け、その間に分泌された唾液の量を測定
- 心理テスト
- 心因性が疑われる場合に、自己評価式抑うつ尺度などの測定
- 側頭CT,頭部MRI
- 神経障害や血管障害が疑われる場合
- 鼻腔内視鏡検査
- 嗅覚障害が疑われる場合
- 細菌検査
- カンジダ症などが疑われる場合
これらの検査を必要に応じて組み合わせ、原因を鑑別します。
服薬で治る場合もあれば、口腔領域ではない科にかかる必要がある場合も
続いて治療の方法についても詳しく見ていきましょう。
亜鉛欠乏性には
ポラプレジング、硫酸亜鉛などの亜鉛を含む薬剤が処方されます。
亜鉛補充による治療は、食事由来の亜鉛欠乏性味覚障害だけでなく、薬剤性、全身性、特発性の味覚障害でも有効です。
ただし、薬剤性の味覚障害では、原因となっている薬剤を出来るだけ他の薬剤に変更する必要があるので、主治医との相談が必須です。
根気強く続けましょう。
心因性には
心因性の味覚障害の場合、一部の病院を除いては耳鼻咽喉科や歯科での対応が難しくなるので、心療内科や精神科の受診が勧められます。
治療法としては認知行動療法が有効とされています。
一般的にうつなどに用いられている抗不安薬や抗うつ薬には、口渇や自発性異味を副作用として持つものが多く、症状を悪化させる可能性があるため注意が必要です。
尚、心因性口腔乾燥症がある場合は耳鼻咽喉科や歯科でも対処療法をしてもらえる場合があります。
ただし、健康保険適用内で使える特効薬は今のところなく、健康保険適用外での漢方薬(白虎加人参湯など)の処方や人口唾液や保湿ジェルの使用指導などになるようです。
舌炎には
舌カンジダ症の場合は、
- 抗真菌薬の内服
- 外用薬の使用
- 口腔ケアの指導
が行なわれます。
プランマー・ヴィンソン症候群は鉄欠乏性貧血なので、根本治療のためには内科を受診する必要があります。
歯科や耳鼻咽喉科では口腔症状の改善のために、含嗽薬やステロイド軟膏を処方してもらえます。
口腔乾燥症には
まず薬物性の口腔乾燥症の場合は、原因と思われる薬の減量や変更を主治医と相談する必要があります。
シェーグレン症候群の場合は、唾液分泌を促進する内服薬や人口唾液が保険適用内で処方してもらえ、有効です。
原因が加齢によるものの場合は、保険適用内で使える薬はなく、心因性の口腔乾燥症のように保険適用外での漢方薬処方や人口唾液使用指導が主流となります。
末梢神経障害•中枢神経障害には
障害が見つかった箇所の専門医の受診が必須です。早期の治療が重要となる場合があるので、迅速に受診しましょう。
予防を考えるなら亜鉛と乾燥対策 でも症状が出ているなら即受診を
ここまで、味覚障害の原因と治療について詳しくみてきましたが、自分で出来る予防法はあるのでしょうか?
亜鉛対策
まず、味覚障害の原因の大部分をしめる亜鉛欠乏への対策としては、第一に食事の改善があげられます。日本食の材料は元々亜鉛の含有量が少ないため、日本人は西洋人に比べで味覚障害になりやすいと言われています。
バランスの良い食事を心がけながらも、亜鉛を多く含む食品も積極的に摂取しましょう。具体的な食材には、
- 牡蠣
- レバー
- 牛肉
- チーズ
などがあります (動物性食品は全体的に亜鉛含有量が高い傾向にあります)。
また、食品添加物の中には亜鉛の吸収を阻害するもの(ポリリン酸、フィチン酸、EDTAなど)があります。
加工品やファストフードは、元々の亜鉛含有量が低い上、こうした添加物が多く含まれる可能性があるため、注意が必要です。
また、サプリメントの中には薬と相互作用をおこしたり、薬の作用を阻害したりする物もあるので、日常的に薬を飲んでいる人は必ず主治医に相談をしましょう。
乾燥対策
保湿効果のあるマウスジェル,歯磨剤,口腔洗浄剤,マウススプレーなどがドラッグストアなどで市販されており、口腔乾燥症には効果的です。
以上のような予防対策はあるものの、もしも既に症状が出始めているのならば、速やかに病院を受診しましょう。
他の病が隠れているかもしれない というのも大きな理由の一つですが、症状発生から受診までの期間が短い方が改善率が高く、治療に有した期間も短くなるというデータもあるのです。
明日は我が身!?決して他人事ではない味覚障害
味覚障害には、薬の使用や全身疾病,新陳代謝などが密接に関わっているため、高齢者に多い疾病です。だからといって味覚障害は決して他人事ではありません。
私たちもいつかは必ず“高齢者”になりますし、味覚障害の原因となるプランマー・ヴィンソン症候群やシェーグレン症候群は40代以降の女性に多い疾病です。
防ぎようのない原因もありますが、味覚障害だけでなく生活習慣病にならないためにも、最低限食事や生活習慣には気を配りたいものです。
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