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共感力がない貴女も大丈夫!恋や友情に必要な「共感」の方法

Date:2016.02.24

shutterstock_288721595恋愛・友情・家庭・会社…人と関わるさまざまなシーンにおいて、スムーズに関係を築いていくには「共感力」が重要だと言われています。

では、共感力っていったい、どんなものなのでしょう。

相手の立場に立って物事を考えたり、自分のことのように感じたりすること?人を「他人」と切り離さずに、相手の気持ち・考えに同じ思いを抱くこと?そうやって自分と相手とを同一化させる考え方の中で、相手への理解を深めていくこと?

一見すると心や感情の問題にも思える「共感力」ですが、コミュニケーション術のひとつとして、客観的に考えてみてはどうでしょうか?

共感力は人の心に同調できる特別な能力なんかじゃない

「自分には共感力がない、だから人との付き合いがうまくいかない」
「大好きな彼のことでさえ、自分のことのようには共感できない。私って冷たい人間?」

そんな風に自分には共感力がないと、悩んだり、落ち込んだりしている人もいるのではないでしょうか。

「周りの人たち、普通の人たちには共感力があるのに、自分にはない」そんな風にポツンと寂しい気持ちになっている人もいるのではないでしょうか。

人とのコミュニケーションにおいて求められる「共感力」とは、持って生まれた特別な能力なんかじゃありません。相手を想う気持ちがあればなんとかなる、その程度のものです。

共感力がある人とない人に大きな差はない?「共感」の捉え方

そもそも、「共感力がある人」(厳密には「共感力があると自分で思っている人」「共感力があるように周りから見られている人」)と共感力がないと悩んでいる人には、「共感力」の捉え方自体にズレがあります。

「共感」は実はとってもアバウトなもの

共感力がないと言う人は「人のことを自分ごとのようには思えない」「人と同じ気持ちを共有できない」と言いますが、ある意味、誰もがそうです。

「もし私があなたの立場だったら」と懸命に相手の立場に立って物事を考えてみたとしても、人とまったく同じ気持ちになることは不可能です。

元々の性格が違う、脳の構造が同一ではない人が、同じ状況を試みても同じ気持ちになることはできないからです。

彼氏に「どうしてわかってくれないんだよ!」と責められても仕方がないのです。わからなくて当然なのです。彼はあなたではないのですから、まったく同じにはなれないのです。

「共感できない」という人の中には、そこを生真面目に考えすぎている人も多いのではないでしょうか。

人に共感できるという考えは、一種の思い込み、幻想に過ぎないのです。ただ、「きっと相手はこういう気持ちに違いない」という想像が、相手の本当の気持ちとまったく同じでなくても、だいたいのところが合っていれば、共感できている空気が生まれます。

「自分ごとのように」というのも、本当に自分の身に起こったことのように受け止めている人はほとんどいないでしょう。「もしそうだったら」と辛さや大変さを想像し得る範囲で想像する程度がほとんどでしょう。

「共感力がある」という人は、

  • 他人の気持ちはわかりっこないと知りつつ、気持ちを理解しようと努力している
  • 同じ気持ちを共有できている錯覚・思い込み状態にある

このどちらかにほぼ分かれます。

本当の意味での「共感」はひどく難しい

コミュニケーション術における「共感力」と、いわゆる心が通じ合うレベルの「共感」は、似て非なるもの、と私は考えています。

本当の意味での「共感」は、精神科医やセラピストなど心の専門家でさえも難しいテーマだというのです。一般人がコミュニケーションに便利だからと、簡単に身につけられるわけがありません。

脳科学的にも、脳の中身が違う人と人が同じ気持ちを抱くことは不可能だと言います。つまり、人と人がわかりあえている状態「わかるわかる、その気持ち!」という状態における「その気持ち」は似てはいても同じではないそうです。

でも、コミュニケーション術としての「共感力」は、「だいたい同じ」くらいの共感で良しなのです。

「共感力がない」と思っている人の多くは、

  • 客観性に優れた人
  • 正直な人
  • ひどく真面目な(悪く言えば頭が固い)人

ではないでしょうか。

だから、自分勝手な想像で、人の気持ちを共有している気持ちになれないのでは?よくわからない相手の気持ちを「うんうん」とわかったふうに肯いてあげることができないのでは?

コミュニケーション術としての「共感」の持つ意味

ここで大切なのは、相手の気持ちの当て合いっこをしているのでも、相手とどこまでシンクロできるかを競っているのでもない、ということです。コミュニケーション術としての「共感」の意味は、そんなところにはないのです。

2人の間に、なんとな~く共感めいた空気が存在していること。それが大事なのです。そのことで相手の心を開いたり、相手を理解できたりするならば、そこに共感の意味があるのです。

そこに本当の「共感」が存在しなくても、

  • 相手も「共感している」錯覚に陥っているなら、そこには安心・信頼などのよい感情が生まれる
  • 相手の気持ちをピタリと当てることができなくても、想像を巡らすことで、それまで理解できなかった相手の行動も許容できるようになる
相手に「この人なら自分のことを理解してくれる」と感じてもらえたなら、そこに共感の意味はあるのです。

コミュニケーションに必要な「共感力」を身につけるには

アバウトでいいと言われても、相手の気持ちに検討をつけるのにも、

  • 観察力
  • 想像力
  • 自らの体験・知識
  • 分析力

などが、ある程度は必要になりますが、難しく考えなくて大丈夫です。「○○力」という言葉が難しいことのように思わせていますが、実はとっても単純です。

相手をよく見て、話をよく聞いて、いろいろと考えてみる。ただそれだけです。

大切なのは「わかっている」と伝えること

子供はときどき「今、私、どんな気持ちと思う?」と母親に質問したりします。「うれしい!」って顔に書いてあるよ、というくらい答えがバレバレであるときでも、「うれしいんでしょ?」と言い当てると、「そう!!何でわかるの!?」と目を輝かせます。

「ママはわかっていてくれる!」といううれしさ、「ちゃんと見ていてくれている!」という安心感、信頼などがそこには生まれます。

人が人に共感を求めるのも、結局のところ、この「わかってくれている」「見ていてくれている」という喜び・安心を求めてのことではないでしょうか。

友人が悲しんでいるからといって、同じくらい悲しい気持ちにならなくてもいいのです。友人の悲しみの深さは、その友人にしかわからないのですから。

ただ「ひどく悲しい思いをしたんだね」と、自分の気持ちがどうこうではなく、友人の心の状態をただ理解してあげる。

辛そうにしていたら、「辛い思いをしたんだね」。
うれしそうにしていたら「うれしいことがあったんだね」。

「わかる?」「わかってくれるんだ」と言われたら「うん(あなたと同じ気持ちにはなれないけど、あなたがだいたいどんな気持ちでいるかはわかる)」と肯いてあげてください。そこには共感に似た安心や信頼が生まれるはずです。

相手の気持ちがわからないのでそれすら無理、という人は…

相手がうれしいのか、悲しいのか、どんな気持ちでいるのかさえわからない。そんな少々鈍感なタイプの人は、せめて相手に何かあったときの変化には気づけるようになりましょう。

相手がどんな気持ちでいるかがわからなくても、特別何かがあったときに「いつもと何か様子が違う」くらいはわかるようになりましょう。

それがわかれば、尋ねればよいからです。「何かあったの?」と。質問してはいけない、黙って察知しなければならないというルールはありません。

コミュニケーション術としての「共感力」です。他のコミュニケーション方法と組み合わせてなんの問題もないのです。

話をよく聞くということは、相手を深く知るためには欠かせないものです。わからなければ聞く。聞くことで理解を深めていけばよいのです。

「いつもと何か違う」ことにも気づかないという人は、もう少し、普段から相手に対して興味を持つ努力が必要です。

「自分だったら」は通用しないと気づいて

私たちは子供のころから、「自分がされたら嫌なことはしてはいけません」「もし自分だったら、と考えてごらん」と言われて育ちます。小さなころから、共感する心が大切だと教えられているわけですが、この教えが話をややこしくしている気もします。

子供にわかりやすくという思いからなのか、そう考えている大人が多いのかはわかりませんが、自分に置き換えるという考え方は、相手と同様の価値観や考え方、似た性格の場合のみ当てはまること。万人に対してこの方法では、うまく行かない場合も多いのです。

だから、「よかれと思ってやったのに…」とこちらの善意が迷惑と受け止められることも、トラブルの種になることもあるのです。

「相手の身になって」は、「もし自分が相手だったら」ということではなく、相手の性格、物の考え方を考慮した上で、「○○さんなら、この場合、何を思ってどう行動するだろう」と自分が相手の中に入った気持ちで考えなければならないのです。

特別な能力ではなく、相手を理解しようという心

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コミュニケーションに必要な「共感力」とは、相手が「わかってほしい」と願うときに、相手の気持ち・考え・行動などを受け入れてあげる包容力のようなものではないでしょうか。

特別、相手の気持ちを読む能力が必要なわけではなく、相手を理解しようという気持ちさえあればよいのでは。その気持ちこそが大事なのではないでしょうか。

相手と自分の性格や考えがあまりにもかけ離れていて、いくら考えても想像すらできないレベルである場合は、もういっそミステリーの謎解き気分で必死に考えを巡らせましょう!

その場合、ひとつ注意したいのが、そのお互いのかけ離れた答えのどちらが一般的でないのか。

もしも、自分の考えが人とは違っていて変わっているのなら、いろんな人の話を聞いたり、本を読んだりして、一般的な考えの知識、幅を広げる努力が必要です。

そして、相手をよく「見る」話をよく「聞く」。そこを怠らなければ、人との間に共感めいた空気を作ることは難しくはないはずです。

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